年齢以上のレベルを求める父
父自身は家庭の事情でレベルの高い学校に通えなかったため、子どもである私と弟に過剰な期待をかけていたようです。
5歳になってひらがなが読めるようになると、新聞を毎日読み上げさせられるようになりました。大人が読むものですから、もちろん漢字にふりがなはふっていません。漢字の読み方がわからないと1度は教えてくれますが、2度目に同じ漢字が読めないと頬を平手打ちです。小学校4年生くらいまで続いたと思います。つらくて泣きながら読みました。
弟への罪悪感
私は女の子だったので、まだ手加減していたようです。しかし男の子には容赦がなく、2歳下の弟は私よりも高い学力レベルを要求され、さらにひどい暴力をふるわれていました。おそろしいのはそれが当たり前になってしまっていたことです。
私は進学し、弟よりも先に家を出ました。私がいなくなった家では、父のターゲットは弟ひとり。どんなにつらい目に遭ったことだろうと思います。しかし、当時の私は進学できた安心感と家を出られるうれしさで、弟のことなど考えていませんでした。その罪悪感は、今でも持ち続けています。
両親のけんかがつらい
一方、母は子どもに声を荒げたことがなく、とてもやさしい人でした。父と母の立場は対等だったようで、父は子どもには日常的に手を上げましたが、母を叩いているところは見たことがありません。母はよく父と大きな声で口げんかをしていましたが、それでも子どもへの暴力を止められませんでした。慣れてしまっていたのだと思います。
子どもの私は、両親のけんかが嫌でたまりませんでした。2人は「親の責任」を果たすために、罵り合いながらも一緒に生活し、弟が成人したあとに離婚しました。子どものせいにせず、自分たちの責任でさっさと別れたらよかったのにと思います。
親ですから尊敬できる部分もあります。しかし、しつけと称して暴力をふるったこと、子どもへの過剰な期待、毎日のように起こる夫婦げんかという点に関しては、確実に毒親だったと思います。私は子育てに関して、何があっても絶対に暴力をふるわないこと、子どもの前で夫婦げんかをしないことの2つだけは、絶対に守ろうと思っています。
著者:武田沙季子/女性・主婦。自身の体験をもとに、妊娠や出産、子育てに関する体験談を中心に執筆している。
作画:まっふ
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています