曾祖母が亡くなった・・・生きていることが当たり前ではないと感じた瞬間

2017/04/24 22:00
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亡くなる前日まで元気に過ごしていた矢先の死。唐突すぎて信じられませんでした。幼い子どもに人の死を教えるのは難しいですが、こうした経験も貴重なものだと感じています。家事に育児、仕事など。毎日生きていることが当たり前だと思っている自分がいました。人の死に直面し改めて「生きていることが当たり前ではない」と感じたんです。
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祖父母

 

桜の開花を待たずして、曾祖母が89歳で亡くなりました。あまりにも突然の死を受け入れることができませんでした。3歳と6歳の子どもを連れて葬儀に出席。改めて命の尊さを感じさせられた体験をお伝えします。

 

昨日まで元気だったのに信じられない

自宅から車で1時間。曾祖母は、人口約1万人弱の小さな町で暮らしていました。自然豊かな環境で空気がおいしく、よく子どもを連れて帰っていました。曾孫が来ると曾祖母は大よろこび。いつ来てもいいようにお菓子の小袋を用意してくれていました。

 

そんなやさしい曾祖母のことがわが子も大好きでした。亡くなる前日まで元気に過ごしていた矢先の死。原因は心不全でしたが、唐突すぎて信じられませんでした。

 

「おばあちゃん寝ているね……」

息を引き取った曾祖母を目の当たりにして、「人ってこんなにかんたんに死んでしまうの?」ということを痛感しました。人には寿命があるにしろ、いつ何が起きるか分からないことを身にしみて感じました。

 

曾祖母を見た3歳の娘は、「よく寝ているね。もう少ししたら起きるんじゃない?」と。「もうおばちゃんは起きないんだよ」と伝えました。幼い子どもに人の死を教えるのは難しいですが、こうした経験も貴重なものだと感じています。


生きていることが当たり前ではない

毎日朝日を浴びて起床できること、家事に育児、仕事など忙しい時間を過ごせること、毎日生きていることが当たり前に思っている自分がいました。人の死に直面し改めて「生きていることが当たり前ではない」と感じたんです。

 

人生はよろこびや苦労、悲しみの繰り返し。悩めることも幸せの一部だと思えたんです。そして、人は生まれたときから死へ向かって歩み始めます。限りある人生をどう過ごしていくか、考えさせられた瞬間でした。

 

 

6歳の息子は、人の死がだいぶ分かるのでしょう。曾祖母がもう目を覚まさないことを知り、黙ってうずくまっていました。でも、曾祖母は、曾孫7人に囲まれて天国へ旅立ったんです。きっと幸せな人生だったのではと感じています。(TEXT:ママライター田中由維)


  • 私も幼少期に大好きなおじいちゃんが亡くなったときの姿は、大人になり、母親になった今でも忘れられません。
    良い意味で生と死を考えるきっかけになりました。

    2017/04/27 17:22

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