
相手に悪気がないとわかっているからこそ、もらい物への違和感は口にしづらいものです。ありがたいはずの気づかいが、いつしか負担や憂うつに変わっていくことも。今回は、そんな「善意の贈り物」に戸惑った体験談を集めました。
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断れないお土産が積み重なっていく
旅行に行くたび、お土産を買ってきてくれるご近所さんがいます。ただ、毎回くれるのは、私があまり好きではないクッキーばかりです。
せっかく選んで買ってきてくれたのだと思うと、嫌な顔もできませんし、「もう大丈夫です」とも言い出せません。受け取るたびに申し訳ない気持ちになり、次は何と言って断ればいいのだろうと考えてしまいます。
相手は親切のつもりだとわかっているだけに、素直に喜べない自分にも少し気が重くなります。お土産をいただくたび、ありがたさより先に憂うつな気持ちが浮かんでしまう時間がつらいです。(伊藤ありさ/30代女性・主婦)
「子どものため」と言われるたび、複雑な気持ちになる
義実家が「息子のために」と持ってくるのは、長く家に飾ってあったぬいぐるみや、粗品でもらったようなタオルだったりします。
高価なものが欲しいわけではありません。ですが、どう見ても人に贈るために用意したとは思えないものを渡されると、正直戸惑います。使わないまま置いておくことも多く、「これは本当に息子のためなのかな」と複雑な気持ちになります。
いらない物を押しつけられているように感じてしまうこともあり、善意として受け止めきれない自分にも疲れます。相手が身内だからこそ、なおさら率直に言えず、もやもやが積もっていきます。(櫻田英実/30代女性・公務員)








