「自分のお母さんでしょ?」と夫への不満が爆発!
義母が要介護認定を受ける前から、介護にあまり協力的ではなかった夫。要介護1と認定されたことを告げるときも、まるで他人事のようにソファに寝転がって診断結果を聞いていたそう。知人も予想はしていたものの、ひとりで介護しなければいけないのかと不安が大きくなっていました。
義母は認知症と診断されてから、病院から処方された抗認知症薬を飲み始めることに。お薬だけに頼らず、日常生活でも脳トレができるようにと「裁縫して、これ作ってみよう」「折り紙で小さいごみ袋作ってみよう」など、知人は手先を使う作業を義母に提案。また、ごはんの作り方を忘れてしまった義母と一緒に、手取り足取り教えながら料理をすることもありました。
一方、夫はというと、仕事で平日は家にいなかったこともありますが、認知症の母のために率先して動こうとすることはなく、介護に協力する気もない様子だったそうです。そんな夫を見て「少しぐらい協力してよ……」と知人は不満がたまっていくばかり。
初めて要介護認定を受けてから1年後、義母は手先を使うこともおぼつかなくなり、料理の仕方はもちろんテレビやエアコンなどの操作方法までわからなくなっていき、要介護2となってしまいました。できないことがどんどん増えて、気にかけなければいけないことが増えたのに、夫は依然変わらぬ態度。そんな様子に、知人はついに我慢の限界が来てしまいました。「なんであなた(夫)の親なのに私だけが世話してるのよ、もう出ていく!」と言って家を飛び出したのです。
知人の様子でやっと改心した夫は…
日曜日の昼間に家を飛び出したのはいいものの、友人を誘うとしてもみんな家庭があるため誘いづらく、特にやりたいことも思いつきません。仕方がないので、当てもなくドライブをすることに。「夫は、私がいるから自分(夫)が親の介護をしなくても大丈夫って思ってるの?」とブツブツひとりごとを言いながら、ひとりで車を運転していました。
ドライブしながらこれからの介護について考えていると、あっという間に20時過ぎ。答えは見つからなかったものの数時間現実逃避ができて、リフレッシュすることができました。「明日から夫は仕事だし、泊まるところもないし帰ろう」と、ちょっとだけスッキリした知人は自宅に帰ることに。
とはいえ、その日は夫と話し合う気分になれるはずもありません。親の介護問題は何も解決していない状況のまま、ごはんを食べて早々に就寝しました。
翌朝目覚めた知人は、変わらない介護する日々がやってきたと重い腰を上げてリビングに向かいます。すると、すでに起きていた夫が知人に「今日のお母さんの朝食の準備は済ませているから」と言ったのです。
夫は、おそらく前日の知人の行動をきっかけに、自分の親の介護への向き合い方をどうするべきか考え、実践してくれたのでしょう。義母の朝食の準備なんて介護のほんの一部。そして、今回だけの行動かもしれませんが、これを機に夫が義母の介護に協力してくれるかもしれないという期待も込めて、全力の笑顔と共に「ありがとう」と夫に伝えたそうです。
まとめ
自分の母親の介護を妻に任せっぱなしだった知人の夫。イライラが限界に達してプチ家出するという典型的な行動を取った知人でしたが、この行動が功を奏して、結果的に夫は母親の介護を一緒に頑張ろうと変わってくれました。義母を介護するにあたって、どちらが何をするべきなのかも2人で話し合ったそうです。そして介護だけではなく、義母も自分たち夫婦も、今後年を重ねて状況が変化したときには、お互いの意見を出し合って臨機応変に対応していこうという話になったそう。
何事もやってもらって当たり前と思わず、感謝の気持ちを大切にすることや、状況の変化に合わせる話し合いは大事だと感じました。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
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