授業参観の日、胸を打つ作文
それから2週間後、授業参観の日がきました。気持ちは重かったものの、私は学校へ向かいました。この日は子どもたちが事前に書いた作文を読む時間もありました。
やがて娘の番になり、私は後ろの席から見守りました。娘はしっかりと前を向き、作文を読み始めました。
「私のお母さんは、私が小さいときに亡くなりました。でも、寂しいと思ったことはありません。今のお母さんが、ずっとそばにいてくれたからです。この前、PTAでお母さんのことが話題になったと聞きました。血がつながっているかどうかじゃなくて、私は今のお母さんが大好きです。私にとって世界で一番大事なお母さんです」
その瞬間、私は胸がいっぱいになり、娘が言っていた「作戦」がこれだったのだと気付きました。教室には温かい拍手が広がり、会合で話題にしたとされる保護者の方は、静かにその場を離れました。
その後、私に対して出産経験や子どもの有無を引き合いにした言動はなくなりました。後日、別の保護者の方から「娘さんの言葉に救われた」と伝えられたと娘が話してくれました。
今回の出来事は、娘のために我慢するしかないと思い込んでいた私が、逆に娘に支えられた経験となりました。不妊治療はこれからも続けるつもりですが、まずは目の前にいる娘に、今まで以上にしっかりと寄り添っていきたいと思っています。
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授業参観という日常の場面で、娘が自分の言葉で家庭への思いを伝えたことは、周囲の空気を穏やかに変える大きな力になりましたね。誰とも対立せずに状況を改善できただけでなく、親子の絆がより深まるきっかけにもなったのではないでしょうか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※一部、AI生成画像を使用しています。








