崩れ始めた理想論
それから2カ月後。私はA子さんの所属先に迎えられ、大規模農園で農業機械の開発に携わっていました。これまで現場で培ってきたセンサーや自動散水装置は、改良を重ねて製品化が進んでいます。その間、弟から何度も着信がありましたが、私は出ませんでした。「どうせ、良い話ではない」と判断したからです。
数日後、弟と両親が突然、私の職場に押しかけてきました。
「トマトが枯れたのは、お前の嫌がらせだろ!」
私は即座に否定しました。原因は北側区画の日照不足でした。「トマトは日当たりが命だ。AI以前の問題だろ」と感情を抑えつつも、はっきり伝えました。数値の平均だけでは、畑ごとの土壌や日照条件の違いまでは判断できません。農業は、机上の理論だけで成り立つものではないのです。
切り捨てた責任の行き先
さらに1カ月後。収穫はできたものの品質が基準に届かず、契約先から厳しい指摘を受けたと聞きました。加えて、組合費用の支払いも滞っていたようです。
弟から、弱々しい声で「今は金がない。代わりに払ってくれないか」と電話がかかってきました。私は、静かに「自分たちで選んだ道だろ。切り捨てた相手に、今さら頼る話じゃない」と答えました。
それだけ伝え、電話を切りました。最終的に、弟と両親は祖父の田んぼを手放すことになったそうです。家業を失い、新たな仕事を探していると聞きました。
一方、私とA子さんが関わった農業機械は販売が始まり、導入しやすい価格と実用性が評価され、少しずつ現場に広がっています。私はその収入で、祖父の土地を買い戻しました。現在は、友人や知人と協力しながら、有機野菜の栽培を再開しています。都内のオーガニックレストランでも取り扱ってもらえるようになり、忙しくも充実した毎日です。
まとめ
遠回りにはなりましたが、祖父の土地も買い戻し、今は信頼できる仲間とともに有機野菜づくりを再開しています。大切なのは学歴や立場ではなく、現場と真剣に向き合い続ける姿勢――そのことを、身をもって実感した出来事でした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。








