
10年間、義母の介護をほぼひとりで担ってきました。通院の付き添いから身の回りの世話まで、日々の生活は介護中心。それが当たり前になっていたある日、義母は静かに息を引き取りました。悲しみに浸る間もなく、夫から突きつけられたのは、思いも寄らない言葉でした。「もう役目は終わりだろう」と言わんばかりに、離婚を切り出されたのです。
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「専業主婦ごとき」と言われて
きっかけは、私が夫に対してほんのひと言、苦言を呈したことでした。仕事が忙しいのはわかっていましたが、義母に対してあまりにも無関心な態度が続いていたため、「もう少し声をかけてあげてもいいんじゃない?」と伝えただけでした。
すると夫は突然、「専業主婦ごときが生意気なこと言うな!」と怒鳴り返してきました。あまりの言い方に、「それはひどすぎる」と反論しましたが、夫は「文句ばかりでうんざりだ」と吐き捨てるように言い、続けて「母さんが亡くなったら出て行け。離婚だ」と言ったのです。
「私はもう用済みということ?」と尋ねると、夫は鼻で笑いながら「そうだろ。お前は介護要員なんだから」と言ったのです。さらに、「今まで無償で介護してきたんだから、最後まで責任を持て」と命令口調で続けます。
悔しさと屈辱で胸がいっぱいになりましたが、私は「言われなくても、義母を見捨てるつもりはない。葬儀まできちんと務める」と答えました。「誰もいなくなったら、義母がかわいそうだから」と伝えると、夫は満足そうにうなずいただけでした。
私は自分の感情を押し殺し、義母のために耐える覚悟を決めたのです。
義母が残してくれた本当の思い
数カ月後、義母は他界しました。葬儀を終えたその直後、夫はまるで区切りがついたかのように言いました。
「母さんの介護、ご苦労さん」
離婚届などの書類を手にした夫に、「ずっと専業主婦だったお前に、これからひとりで生きていけるわけがない」「仕事もできないだろ?」と、当然のように言われた私は、「大丈夫。義母から託されたものがあるから」と返しました。
夫は一瞬きょとんとした表情を見せ、「嫁に相続権はないだろ」と声を荒らげました。そこで私は、義母が生前にきちんとした形で準備をしてくれていたこと、公的な手続きを経て意思が残されていることを、淡々と説明しました。
「息子には財産を残したくないわけじゃない。でも、あなたには幸せになってほしい」と言っていた義母の言葉を伝えると、夫は何も言えなくなっていました。
義母の判断で決められたこと。それ以上でも、それ以下でもありませんでした。








