
結婚後、義母との関係に違和感を覚えながらも、私はできるだけ波風を立てずに過ごそうとしていました。悩んだ末に選んだのは、少しだけ生活の距離を置くという判断です。しかし、久しぶりに元の家へ戻ったとき、その選択が思ってもいなかった受け取られ方をしていたことを知ることになります。
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義母と夫の距離に感じた違和感
結婚後、私は夫とともに義実家で生活していました。その中で、義母が成人した夫を「ちゃん」付けで呼び続けていることに、強い違和感を覚えるようになりました。さらに、義姉妹が頻繁に義実家へ出入りし、私たちの生活空間に遠慮なく踏み込んでくる状況も続いていました。義実家にいながらも落ち着けず、心が休まる時間はほとんどありませんでした。
自分を守るために選んだ「避難先」
心身の負担が重なり、何度も夫と話し合い、今のままでは共倒れになってしまうと伝え、断腸の思いでセカンドハウスでの一時的な別居という選択をしました。夫や義実家と縁を切るつもりはなく、状況が落ち着けば戻るつもりで、離れている間も夫の体調を常に案じていました。
当時、夫はうつ病を患い、体にも不自由が出ていました。義母との間にはケアについて相談できる関係性が築けておらず、外部の介護サービス導入なども提案しましたが、義実家のルールや義母との折り合いの悪さから、それもかないません。専門知識のない家族ひとりの力だけですべてを背負い続けるには、すでに限界を超えていました。私ひとりの力ではこれ以上支えきれないところまで追い詰められ、共倒れを防ぐために下した、まさに生存のための苦渋の決断だったのです。








