同情と迷いのはざまで
「次に会ったら、きちんと事実を伝えるべきだよ」と孫は言います。一方で、母親を亡くしたばかりだというA子さんを思うと、簡単に突き放すこともできず、私は迷っていました。
数日後、A子さんは再び現れました。
「お金、用意できました?」
寂しそうな表情を見て、私は衝動的にこう提案しました。
「300万円は用意できないが、結婚式なら一緒に考えられる。手作りでもいいなら、私が出席しよう」
すると彼女は一瞬言葉に詰まり、「……結構です」と言って足早に帰っていきました。それを見ていた孫娘は、
「いっそ、家族みたいに受け入れてみたら?」と提案してきました。
さらに数日後、A子さんは「結婚が破談になった。引っ越し費用を出してほしい」と再び訪ねてきます。私と妻は話し合い、彼女を一時的に迎え入れることにしました。
初めての「家庭の食卓」
「ここなら家賃もいらないし、温かいごはんもある」。妻も笑顔で声をかけます。
最初は遠慮がちだったA子さんも、次第に打ち解け、食卓で見せる表情はどこか安心したようでした。1週間ほど滞在し、孫と買い物に行ったり、料理を手伝ったりする姿に、私は少し希望を感じていたのです。
しかしある日、電話を受けたA子さんは突然、「ご迷惑をかけました。帰ります」と言い残し、家を飛び出しました。心配になった私たちは後を追い、彼女が向かった先で、思いがけない場面に遭遇します。
部屋の中から、女性の激しい叱責が聞こえてきました。詳しい言葉は伏せますが、金銭を得るよう迫る内容でした。耐えきれなくなった孫娘が扉を開け、「それでも親なの?」と声を上げた瞬間、すべてを悟りました。
そこにいたのは、息子の元妻だったのです。
明かされたA子さんの苦しみ
A子さんは涙ながらに、自分のこれまでを語りました。家庭らしい家庭を知らず、早くから働き、常に誰かの顔色をうかがって生きてきたこと。今回の訪問も、強く背中を押されてのものだったこと。私たちは、彼女が「利用される側」であったことを理解しました。
孫娘の「もう、あなた自身の人生を選んでいい」という言葉に背中を押され、A子さんはその場で、これからは自分の道を歩くと告げました。その後、彼女は私たちと家を後にしました。
A子さんはしばらくわが家で過ごしたのち、自分で職を見つけ、自立の道を選びました。今では定期的に顔を見せ、私たちを気づかってくれます。
血のつながりはなくとも、あのとき出会ったのはたしかに「縁」だったのでしょう。孫が1人増えたようで、私は今も幸せを感じています。
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20年の時を経て明らかになった、思いがけない真相。しかし、目の前の相手を見て判断し、温かく手を差し伸べたことが、A子さんの人生を大きく変えるきっかけになりました。血縁だけではない「家族のかたち」を考えさせられるエピソードですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。








