
夫と結婚する前、初めて義実家へごあいさつに行った日、施設に入っている夫の祖母の話を聞きました。会いに行ってごあいさつをしたいと申し出た私に返ってきたのは、「行かなくていい」という言葉でした。笑って受け流したものの、その冷たさは小さなとげのように残り、のちの「当たり前」の食い違いを静かに予告していた気がします。
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会えなかった夫の祖母
夫と結婚する前、夫の実家へごあいさつに行ったとき、おばあさまがご健在だと聞きました。ただ、今は施設に入っておられるとのことでした。
私は「施設まで行って、ごあいさつをさせてほしい」と夫や義両親に申し出ました。ところが返ってきたのは、「いいよ、行かなくて。どうせ行ったって何もわからないんだから」という言葉でした。現実的とも言える一方で、冷たさも混じっていて、私はただ笑ってごまかすしかありませんでした。そのときの空気を、今でも覚えています。
それから数年後、私は一度もお顔を拝見しないまま、おばあさまは亡くなられました。葬儀で遺影を見て、初めてお顔を知りました。棺の前に立ったとき、施設へごあいさつに行けなかった無礼を、心の中でわびました。会ったことがなくても、近しい親戚の葬儀には出席して祈りをささげる。私はそれを、当然のことだと信じていました。
かわいがってくれた祖父の訃報に
同じように、結婚前には夫も私の実家へあいさつに来てくれました。私の祖父は、私が初孫だったこともあってか、周囲が「あれはまさに目の中に入れても痛くない、だよね」と言うほど、私をかわいがってくれました。
そして祖父は、私が連れてきた夫にも、実家へ行くたびに良くしてくれました。あのやさしさを思うと、私は感謝の気持ちでいっぱいでした。
けれど、その祖父が突然亡くなってしまったのです。私は当然、夫も葬儀に参列するものだと思っていました。訃報と日程を伝えると、夫は「妻側の親戚の葬儀に、夫が仕事を休んで参加するなんて話は聞いたことがない」と言いました。
驚いて、私はうまく理解できないまま尋ねました。
「お世話になった方の葬儀に参列する話なのに、妻側とか夫側とか、立場は関係あるの?」
すると夫は、「仕事を休むということが、どれだけ非常識かわかるか」と、私が非常識だというように説明しました。
翌日の夜、夫はこう続けました。
「職場でも話を聞いたけど、仕事を休んでまで妻側親族の葬儀に参列しろとは、なんて図々しい一族だ、とまで言われていたよ」
もう何を話しても平行線だとわかった私は、それ以上言い返すのをやめました。そしてひとりで祖父の葬儀に参列しました。








