がんかもしれない
その後、母は穏やかに過ごしていました。ところが子宮全摘から3年後、定期検診で医師に「右の卵巣が腫れている」「取ってみなければ良性か悪性かわからない」と告げられたそうです。
がんかもしれない。小学校3年生だった私を残して死んでしまうかもしれない。母はそんな恐怖で、居ても立ってもいられない気持ちになったと話していました。
そして43歳のとき、右の卵巣を摘出し、チョコレート嚢腫(卵巣に子宮内膜症の病変ができ、月経のたびに出血した古い血液がたまって茶色い内容物になることで腫れが生じる嚢胞)だったことがわかりました。医師からは「子宮内膜症で子宮全摘した人には、よくあること」と説明されたそうです。
母は当時を振り返りながら、「卵巣摘出の術後の痛みは、子宮全摘に比べたらの話だけど、一般的にはラクだと言われているの。でも私は、術後に鎮痛剤を2本打ってもらった。人間の痛みや感覚の慣れって、恐ろしいね」と語っていました。
同時に、私が「ママの言うことをきかなかったから、病院に連れて行かれてしまう」と泣いていたことも話してくれました。「あのころはかわいかったんだけどね」と言う母の目は、懐かしさとやさしさが混ざっているように見えました。
その2年後、今度は左の卵巣も同じように腫れ、摘出したところ、同じくチョコレート嚢腫だったといいます。
40歳から45歳までの5年の間に、母は3回の手術を受け、子宮と両方の卵巣を摘出しました。あまりにも大変な経験だと思い、私が「手術をしたことによるデメリットはあった?」と聞くと、母は「ないね」と即答しました。
まとめ
私も当時の母と同じくらいの年齢になり、この先の人生でどんな病気と向き合うことになるのだろう、と考える機会が増えています。健康的な生活を意識していても、それでも病気を避けられない日が来るかもしれない。そのとき、私は母のように腹をくくって立ち向かえるのだろうかと、不安になることもあります。
それでも、痛みの中で生活を回し、必要な決断を重ねながら私を育てた母の姿を知った今、心細さの中に支えが一つ増えました。病は単なる苦難ではなく、大切なものを守るための「強さ」を育む時間でもあったのだと、母の笑顔が教えてくれた気がします。
もし自分が同じ場所に立たされたら、母の言葉を思い出して、一歩でも前に進みたいです。
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※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
監修/沢岻美奈子先生(沢岻美奈子 女性医療クリニック院長)
医療法人社団 沢岻美奈子女性医療クリニック理事長。産婦人科医。
2013年神戸で婦人科クリニックを開業。女性検診や、更年期を中心としたヘルスケア領域が専門。心身の不調が特徴的な更年期の揺らぎ世代の女性を統合医療による全人的なサポートをおこなっている。
著者:磯辺みなほ/30代女性。ゲーマー。発達障害持ちの夫と2人暮らし。大変なことも多い中、それ以上にネタと笑顔にあふれる毎日を送っている
イラスト/sawawa
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年2月)








