
大手ホテルチェーンに勤めていた私は、社内の人間関係に疲れて退職することを決めました。しばらくはゆっくり休もうと思い、以前から気になっていた秘境の温泉旅館を訪れたのですが、そこで思いがけない人物と再会することになり……。
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厳しい言葉を投げかける元上司
その人物とは、私が以前勤めていたホテルチェーンの社長でした。彼は全国展開を進めるホテルグループの経営者で、この地域の宿泊事情を調べるために宿泊していたようです。
一方、その旅館を切り盛りしていたのは若女将のA子さん。ご両親から宿を引き継いで、温かい接客と地元の魅力を大切にした宿づくりを続けていました。ただ、現実にはお客さまの数は多くなく、館内の雰囲気にも少し元気がないように感じられました。
そんな中で、その社長がフロントでA子さんを呼び止め「ご両親が経営されていたころは良い宿だったが、最近は宿の手入れがなってないし、料理がまずい!」と、かなり厳しい口調で指摘していたのです。
その光景を見た瞬間、私は退職前に同僚から聞いた「社長は経営が厳しくなった宿泊施設を訪れては、土地や施設の売却の可能性を探っているらしいよ」といううわさ話を思い出しました。もちろん真偽はわかりませんが、どうしても気になってしまったのです。
「料理を変えれば、この宿はもっと良くなる」
私はA子さんに「さっきのお客さま、いろいろ言っていましたが大丈夫ですか?」と聞いてみました。するとA子さんは少し寂しそうに笑って「この旅館も私の代で終わりかもしれません。女将として恥ずかしいです」と言いました。
その悲しそうな表情に居ても立っても居られなくなり、私は思い切って「もしよければ、私に一度だけ厨房を任せてもらえませんか?」と聞いてみました。この旅館は温泉も雰囲気も、何より接客が素晴らしい。だからこそ、どうしても気になっていたのが料理だったのです。
突然の申し出に驚くA子さん。そこで私は、自分が以前ホテルで料理人として働いていたこと、そして腕を磨いてきたものの、社内の人間関係が合わずに退職したことを正直に話しました。そして、「料理を変えればこの宿はもっと良くなるはず。まずは一度料理を食べて判断してくれないでしょうか」と打診してみました。
私の熱意が伝わったのか、A子さんは厨房を借してくれることに。余った食材を使って料理を作ると、A子さんは目を丸くして「同じ食材なのに、こんなに味が変わるんですね」と驚きました。その日をきっかけに、私はこの旅館の再生を手伝うことになったのです。








