

「最後のほうとか、つらい思いをさせて……ごめん」
妻からその言葉を聞いた瞬間、また涙があふれて止まらない勇気。
心の中で「ふざけんな。つらいなんてもんじゃない……」という思いと、「本当は離婚なんてしたくなかった。やさしくしないでくれ」という思いが入り乱れます。
勇気は何も言わず、荷物を持って家を出ました。
住む場所は、とりあえず会社の寮に空きがあるそうなので、一時的に入れるか聞いてみることにしました。それよりも、父や母に何も報告していないのでしなければ……。
何を言われるかは大体想像ができるため、気が進みません。
勇気が家を出て2時間もしないうちに「離婚届出したから」と妻からLINE。
……早い。あの後、すぐに市役所に行ったのだろう。無事? 離婚届も受理されたようで、あまり実感は湧きませんでしたが、少しスッキリした気持ちにもなる勇気。
妻になんと返信しようか考えていたとき、さらにもう1通LINEが来ました。
「子どもたちとはどうするの? 最後に会ったりしないの?」
「会わない」
すぐに返信しました。
理由はうまく説明できません。最悪の父親だ、という自覚はあっても……怖かったのです。
後日、平日に自宅へ荷物を取りに行きました。もう自分の家ではないと思うと、不思議な気分でした。靴や服、布団など、一通りの物を積み込むと車はいっぱいになりました。
クローゼットからは、今までの思い出がたくさん出てきました。アルバムを見ると、楽しかった昔の家族の様子が……。しかし勇気は、悩んだ末に写真を1枚も持って出ませんでした。
最後に子どもたちの部屋を覗いてみました。
整理されている長女の部屋。散らかっている次女の部屋。まだ妻と寝ている長男。
家の名義や家財道具の仕分けなど、今思えば妻に対してやさしすぎる離婚条件だったかもしれません。でも、当時はそんなことはどうでもよかったのです。そんなことを考える余裕もなかったのです……。
家族に、家族として扱ってもらえないことは、本当に地獄でした。
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最悪な父親だという自覚があっても、子どもたちとはかたくなに「会わない」と決めた勇気。自分でもうまく説明できないとのことですが、そこには家族から無視され続けた地獄のような日々が関係しているのかもしれません。妻が子どもたちに付いた「勇気は本当の父親ではない」といううそが、とても罪深く感じられてしまいます。
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