
私が14歳だったころ、家庭の事情で十分に食事をとれない時期があり、空腹のまま住宅街を歩いていたことがありました。そのとき、声をかけてくれたのが同級生のA子さんでした。
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約束の再会
当時、「大丈夫? 何か困っているの?」と、クラスでは人付き合いが苦手だった私に、勇気を出して話しかけてくれました。さらに、A子さんの母・B美さんが作ってくれたお弁当を分けてくださり、「無理しないでね」と温かい言葉をかけてくれました。あのとき感じた安心感と、人のやさしさに救われた気持ちは、今でも心に残っています。
それから10年後。私は上京して働きながら飲食関連の仕事を続け、小さなコンサル会社を立ち上げました。そして仕事の都合で久しぶりに地元へ戻ることになり、当時お世話になった親子にどうしてもあいさつしたいと思い、家を訪ねました。
しかし、以前より老朽化が進んだ家と、どこか疲れた表情のA子さんとB美さんの姿を見て、胸がざわつきました。事情を聞きたくなり、A子さんに「よかったら少しお話しできませんか」と声をかけました。
窮状を聞いて…
喫茶店でA子さんから話を聞くと、ここ数年の間にさまざまな困難があったことがわかりました。家族の事業がうまくいかず生活が不安定になったこと、A子さんが勤めていた飲食店が閉店し、現在は次の仕事を探していること。加えて、家の老朽化も進み、維持すべきか手放すべきか悩んでいるとのことでした。
私はかつて助けてもらった恩を返したい気持ちが込み上げ、「もしよければ、この家を生かして飲食店にできないでしょうか」と提案しました。
私には古民家をカフェとして再生する支援経験があり、A子さんには料理の仕事の経験がある。無理のない形で協力できれば、生活の再建にもつながるのではないかと思ったのです。
A子さんは驚きつつも、「そんな方法もあるんですね」と前向きに受け止め、母娘で相談した上で取り組む決断をしてくれました。








