
私は40歳の専業主婦。夫と8歳の娘と暮らす、3人家族です。義両親はすでに他界しており、嫁姑の問題に悩まされたことはありません。一方、私の両親は地方都市で元気に暮らしていました。実家は年季の入った日本家屋で、周囲からは「地主の家」と言われることもありましたが、詳しい事情を夫に話したのは、結婚してから長い時間がたってからのことでした。
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父が語った“節目の話”
父が70歳の誕生日を迎えた日、家族で集まった席で、父は初めて夫に実家の土地について触れました。父は、財産の話が原因で親族間に不和が生じることを何よりも嫌っており、「余計なトラブルを避けたい」という思いから、これまで具体的な話を避けてきたのです。私もその考えを尊重していました。
節目の年を迎え、将来を見据えた結果、父なりに覚悟を決めたのだと思います。話を聞いた夫は、驚いた様子を見せながらも、やけに饒舌(じょうぜつ)になりました。
「そんなに長く続いてきた家なんだな。すごいな。これからは、もっとお義父さんたちを大事にしなきゃ」
その言葉を、私は素直に受け取っていました。ところが、それ以降、夫の行動はどこか行き過ぎているように感じられるようになります。
実家に頻繁に泊まり込んだり、母に高価な贈り物をしたり。周囲から見れば“よくできた婿”だったかもしれませんが、娘は「なんだか変だよ」と、違和感を口にしていました。
突然の訃報
そんなある日、見知らぬ番号から電話が入りました。両親が旅行先で事故に遭い、急逝したという知らせでした。あまりにも突然の出来事に、私は頭が真っ白になり、しばらく何も考えられませんでした。そんな私に、夫は「大丈夫。手続きは俺がサポートするから」と、落ち着いた声で言ってくれました。そのときは、ただ頼もしく感じていたのです。
葬儀や各種の手続きが一段落した後、私は改めて夫に感謝を伝えました。すると、夫は淡々と「必要な相続関係の整理は進めておいた。詳しい話は、もう落ち着いてからでいいだろう」と告げたのです。
その後、具体的な話をしようと私が尋ねると、夫は面倒くさそうに続けました。「現金や金融資産については整理が進んでいたけど、この家のことまでは手が回らなかった。古いし、どうせ手間がかかると思ってな」
後になってわかったのは、私が気持ちの整理もつかないままの間に、夫が中心となって相続に関する話が進められていたということでした。私自身が内容を十分に理解し、納得したとは言えない状態のまま、財産の扱いが決まっていたのです。
やがて夫は、それを見計らったかのように「これ以上一緒にいるのは難しい」と言い、離婚届を差し出してきました。娘はまだ幼いながらも、状況を察し、私を気づかってくれました。私は、娘を守ることだけを考え、実家に戻る決断をしたのです。
突然すべてを失ったように感じましたが、まずは心と生活を立て直すことが先だと思いました。








