
私は36歳の兼業主婦。結婚してもうすぐ10年になります。7歳のひとり息子・A助と夫の3人で、穏やかな毎日を送っていたのですが……。
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同居という選択
夫の実家は小さな設備関連会社を営んでおり、将来的には夫が継ぐ予定でした。しかし大学卒業後の進路を巡って意見が対立し、夫は家業を継がず一般企業へ就職。義父は納得しきれない様子でした。
そんな折、義父に心臓の持病が見つかりました。義母から「万が一のときが不安で……」と同居の提案がありました。家業を継いでほしいというよりも、生活面での支えがほしいという切実な訴えでした。
「私なら大丈夫。一緒にやってみよう」と、迷う夫の背中を押したのは、私でした。息子のA助も「じいじとばあばと暮らすの、楽しそう!」と無邪気に賛成し、私たちは同居を決意しました。
最初は気をつかいながらの生活でしたが、義両親はA助をかわいがり、私にも配慮してくれていました。あのころは、家族としてうまくやっていけると信じていたのです。
突然の別れ
穏やかな日常は、ある日突然崩れました。夫が交通事故に遭い、帰らぬ人となったのです。病院へ駆けつけたとき、すでに処置は尽くされた後でした。現実を受け止められず、ただ涙が止まりませんでした。
義両親は「A助のことは任せなさい」「無理をしなくていい」と支えてくれました。深い悲しみの中でも、家族として助け合えると感じていました。
しかし、四十九日を過ぎたころから、空気が変わり始めました。義両親から「今後の生活について考えましょう」と切り出されました。
義両親から「A助はこの家で育てて、会社を継がせたい。祖父母のもとで生活するほうが安泰なのではないか」と言われ、私は戸惑いました。直接的な言葉ではありませんでしたが、私はこの家から出たほうがよいのでは、という含みを感じたのです。
突然の態度の変化に、心が追いつきませんでした。息子もその変化を敏感に察していたようです。








