

世間体を気にする義母
母は朝から晩まで働き、私と兄を女手一つで育ててくれました。そんな母を公私共に支えてくれたのが、いわゆる事実婚に近い関係の男性です。一緒に住んではいませんでしたが、頻繁に食事を共にし、困ったときにはいつも相談に乗ってくれる、私にとっては「父」と呼べる大切な存在でした。
義両親もその関係性は知っていました。しかし、心配性な義母は、少し特殊な私たち家族の形に、自分たちがどう関わればいいのか、親戚にどう説明すべきかが気になって仕方がなかったようです。
「その人とは籍を入れないの?」「もしお母さんとその人が別れたら、私たちはどう接すればいいの?」と、矢継ぎ早に質問を投げかけてきます。私は、二人の仲が良好であればそれでいいと思っていましたが、義母にとっては「もしも」のときのリスクばかりが気がかりだったのです。
まだ義両親と信頼関係が築けていなかった当時の私には、それらの質問が母やパートナーの生き方そのものを否定されたように感じられました。
寄り添ってくれない婚約者
大好きで尊敬している母に、義母の失礼な言葉を伝えることなど到底できず、私はひとりで悩みを抱え込んでしまいました。「自分がもっとうまく立ち回れたら、波風を立てずに済んだだろうか……」と自責の念に駆られ、精神的に追い詰められた結果、ついに体調を崩して寝込んでしまったのです。
入籍時期は延期となり、一時は結婚そのものが白紙になりかねないほど深刻な状態にまで陥りました。それなのに、彼はまるで人ごとのように傍観するだけで、私の味方になってはくれません。それどころか、「なんでもっとうまくやれなかったの?」と私を責める言葉まで口にしたのです。
状況を変えてくれた母の言葉
彼に傷つけられ、義母にも追い詰められた私を救ってくれたのは、やはり母でした。本当に大切なものを失うかもしれないと危機感を抱いた私は、意を決して、これまでに起きた出来事をすべて母に打ち明けました。
すると、状況を察した母は、義両親に対して毅然とこう告げてくれたのです。
「結婚という形をとっていなくても、どうぞほかのご家庭と同じように関わってください。たとえ私たちが将来別れていようがいまいが、家同士の付き合い方は変わりませんから」
母の迷いのない言葉に、義母もようやく肩の力が抜けたようでした。
形に囚われず「目の前の人を大切にする」という正解にたどり着き、淀んでいた空気は一気に軽くなりました。一時は絶望した関係でしたが、母の強さに助けられ、私たちは無事に入籍の日を迎えることができたのです。
家族の形は千差万別です。かつてぶつかり合った義両親とも、今はお互いの違いを認めた上で穏やかに付き合えています。この出来事は、価値観の違う相手に対してどう振る舞うべきかを考えるきっかけになりました。もし将来、私自身が親や義親という立場になったときは、母がしてくれたように、形式や世間体ではなく「その人自身」を尊重できる大人でありたいと思っています。
著者:柴谷 もなか/30代女性。0歳と5歳の男の子と夫の4人暮らし。柴犬も一緒に暮らしています。医療系で働くワーママ。現在は育休中。趣味は赤ベコ集めで赤ベコのガチャガチャを見つけたら息子と一緒にやっています。
作画:おはな
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年4月)