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「稼いだ給料はすべて夫に」19歳で出産、働かぬ夫に奪われ続けた16年。私が抜け出せた理由

結婚してから、私の生活は「働いて稼いだお金を夫に渡す」ことが当たり前になっていきました。幼い子どもを抱えながら必死に働く毎日。今振り返ると、それは経済的にも精神的にも追い込まれる暮らしでした。時間はかかりましたが、私はそこに区切りをつけ、自分の人生を取り戻しました。

 

働かない夫と、14時間労働の毎日

夫は10歳年上で、私は19歳で子どもを産みました。結婚してからの私は、毎日働くことが生活の中心でした。1日14時間労働で、睡眠は5時間ほど。お風呂と食事の時間以外は、ほとんど仕事に追われていたと思います。

 

結婚生活は16年続きましたが、その間に夫が働いたのはたった2年間だけ。「もっと働いてこい」と言われ、私は働き続けるしかありませんでした。夫は私が逃げないようにと、毎日職場まで送り迎えをしていました。

 

息子を家に残し、夫は毎日パチスロへ

私を職場へ送った後、夫は当時4歳の息子を家に残し、犬2匹と留守番させていました。そして夫自身は、毎日のようにパチスロへ通っていました。私が稼いだ給料はすべて夫に渡し、私の手元に残るのは1日1000円だけ。給料が多いと夫は機嫌が良くなり、少ないと怒鳴られました。私は常に顔色をうかがいながら生活していたと思います。

 

 

離婚の条件をのんだ1年、ようやく終止符を打てた

離婚を切り出すと、夫は「毎月30万円を1年間仕送りするなら離婚する」と言いました。悔しさも不安もありましたが、私は別居中も必死で働き、その条件を受け入れました。

 

そして1年後、ようやく離婚が成立。長い時間がかかりましたが、私は自分の生活を自分の手に戻すことができました。その3年後、元夫は心臓病で48歳という若さで亡くなりました。本人は「人生、太く短く」と言っていましたが、その通りの人生だったのかもしれません。

 

まとめ

「これが私の運命なんだ」と当時は思い込んでいましたが、今振り返ると、私はお金の面でも気持ちの面でも追い詰められていたのだとわかります。離婚は簡単ではありませんでした。それでも、自分を守るために必要な選択でした。つらい環境に慣れてしまっても、抜け出す道はあると、当時の私に伝えたいです。

 

※もしも虐待などが疑われる場合は、ためらわずに児童相談所へ連絡し、子どもたちを守りましょう。

▼児童相談所全国共通ダイヤル

育児や子育てに悩んだときなどの相談窓口です。全国共通ダイヤル「189」に電話をかけると、発信した電話の市内局番等から当該地域を特定し、管轄する児童相談所に電話が転送されます。子どもが虐待されているかもと思ったとき、自分の子育てがつらくて子どもにあたってしまうときなどに、専門家に相談することができます。

電話番号:189(いちはやく)

 

 

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

 

著者:辻綾香/50代女性・無職

イラスト:はせがわじゅん

 

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年3月)

 

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