幼いころ、母から何度も「可哀想」と言われてきた優子さん。テストで80点を取っても、運動会で一番になれなくても、母は頑張りを認めるより先に哀れむような言葉を口にしました。
「私って可哀想な子なの?」と勇気を出して聞いても、返ってきたのは気持ちを受け止める言葉ではなく、的外れな叱責。やがて優子さんは、母に理解してもらうことを諦めるようになります。
しかし母の「可哀想」は、優子さんだけに向けられていたわけではなく、弟のノボルさんにも向けられていて……。
「可哀想攻撃」の被害に遭っていたのは、私だけではなく











母に何を伝えても話が噛み合わず、成長するにつれて期待することをやめていった優子さん。そんな母の「可哀想」は、優子さんだけでなく、4歳下の弟・ノボルさんにも向けられていました。
ある日のおやつはシュークリーム。しかし1つがつぶれていると、母はきれいなほうを「大事な長男」であるノボルさんへ、つぶれたほうを優子さんへ渡そうとします。
それを見たノボルさんは、「俺がつぶれたほうでいいよ」と優子さんを気づかいますが、母は「大事な長男に変なものをあげるなんて可哀想」と聞き入れません。優子さんとノボルさんは、母の偏った“可哀想”に言葉を失うのでした。
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きょうだいの扱いに差があると、子どもは大人が思う以上に敏感にその空気を感じ取るものです。たとえ親に悪気がなかったとしても、「こっちが大事」「こっちは我慢して当然」という態度が続くと、子どもの心には小さな違和感が積もっていくのではないでしょうか。
また、特定の子を守っているつもりの言葉が、別の子を傷つけたり、きょうだい同士の気まずさを生んだりすることもあります。子ども同士が本来持っている思いやりまで、大人の決めつけが邪魔してしまうこともあるのかもしれません。
大切なのは、誰かを特別にかわいがることではなく、それぞれの気持ちを同じように尊重することではないでしょうか。何気ないひと言や小さな扱いの差に目を向けていきたいですね。
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山野しらす