不安が募る毎日と、心温まる偶然
幼いころに両親を亡くした僕は叔父のもとで育ちました。叔父は昔から地元で愛されるパン屋を営んでいましたが、「好きな道を選びなさい」という考えの人だったため、僕は店を継がずに中堅商社へと就職しました。
入社してからの数年間、仕事には真面目に取り組んできました。しかし、僕が所属する部署の上司は、ひと言で表すなら「高圧的な人物」で……。仕事を丸投げするうえに少しでも意見すると「俺に指図する気か!」と怒鳴る始末。理不尽な毎日に将来への不安が募っていました。
そんなある夏の日。ゲリラ豪雨に見舞われた僕は、叔父の店が1階にある自宅マンションへ急いで帰りました。すると店の軒先で、別部署の後輩女性が雨宿りをしていたのです。彼女は、社内でも優秀な人物として有名でした。
「近隣の取引先へ向かう途中だった」と言う彼女を店内に招き入れ、叔父と一緒にお茶と焼きたてのパンでもてなしました。これを機に彼女はパンの味に感動し、新作が出るたびに足を運んでくれる常連客になりました。
会社員からパン職人へ
パワハラ上司のもとで疲弊する毎日と、高齢になりひとりで店を切り盛りする叔父の姿。以前から「いつか継いでくれたらうれしいな~」と言われていたこともあり、僕は会社を辞めてパン屋を継ぐ決意を固めました。
退職することを上司に告げると、
「安定した会社を捨てて、古いパン屋を継ぐなんてバカだな!」と鼻で笑っていて……。
呆れつつも会社を去った僕は、叔父のもとで修業を開始。朝が早く体力仕事でしたが、お客さんから直接「おいしい」と言ってもらえる毎日は、会社員時代よりもはるかに充実していました。
元上司との思わぬ再会
パン屋で働き始めて1年後、老朽化の限界を迎えた店を全面リフォームすることに。工事に入る前日の最終営業日、休業前の「感謝セール」をおこなうと、店の外まで長い列ができました。その日は、SNS運用が得意な後輩女性も休日返上で列の整理などを手伝ってくれていました。
そんな忙しい最中、偶然にも近隣の取引先への訪問を終えた帰り道だった元上司が通りかかりました。店先の『休業のお知らせ』を見て廃業だと思い込んだらしく、「やっぱりつぶれたか! 俺の言う通り会社に残っておけばよかったんだよ」とニヤニヤ笑いながら声をかけてきて……。 反論しようとした僕より先に、後輩女性が落ち着いた口調で言いました。 「□□課長! 今日はリニューアル前の最終営業日で、開店からずっとこの行列なんですよ」
山ほどパンを買ったり、「リニューアル前だから早く並んだ」と言ったりするお客さんの言葉を聞き、元上司は自身の勘違いに気づきました。しかも、高く評価していた後輩女性に嫌味を聞かれたことがよほど恥ずかしかったのでしょう。顔を真っ赤にして足早に立ち去りました。
頼もしいビジネスパートナー
リニューアル後も、彼女は休日を利用してSNSの発信やイベント告知を手伝ってくれました。そのおかげか、SNS発信が口コミで広がり、店はさらに大繁盛するように。数カ月後、僕は売り上げに大きく貢献してくれた彼女へ恩返しをするため、少し良いレストランへ食事に誘いました。
おいしい食事を楽しみながら、パン屋として目指す未来と、親身に支えてくれたことへの感謝を伝えると、彼女も「私もこのお店が大好きなんです。これからもできることがあれば、何でも協力しますね」と笑顔で応えてくれました。
上司のパワハラに悩んでいたあのころには想像もできなかった今。信頼できる最高のビジネスパートナー兼友人を得て、僕は自分の足で人生を歩む幸せを毎日噛み締めています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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