期限にルーズな夫の末路
長女を出産後、入院中の私は、出生届の提出を夫にお願いしていました。しかし、普段から頼まれごとを後回しにする癖がある夫は、案の定すぐに動いてくれません。心配で「2週間以内に出さないといけないんだよ」と何度もお願いする私に、夫は「しつこいな、しとくよ! 俺だって仕事で忙しいんだ。信用できないなら自分ですればいいだろ!」と逆ギレする始末。
きちんと期限内に出生届を提出してくれるか不安だったものの、帝王切開での出産で手術の傷が痛み、歩くこともつらい状態で、退院後も娘のお世話以外はなるべく安静にするよう医師から言われていた私は、夫に託す以外の方法がありません。子どもが生まれて夫婦で穏やかな時間を過ごしたいと思ったので、そのことを伝えて、それ以上は言わずに夫を信じて託すことにしました。
やがて、出産からちょうど2週間経った日の夜。「残業で遅くなる」と連絡を受けていた私は、長女を寝かしつけたあとにいらない書類の整理をしていました。すると、書類の間から1枚の紙。「なんだろう?」と見てみると、産院でもらった出生届だったのです! 産院の記入欄のみ埋まっていて、それ以外はまっさらな状態。私があれだけお願いしても、夫は出生届を市役所に提出していなかったどころか、書いてすらなかったのです。私はついに、夫に対する怒りが爆発! 残業中の夫に電話をかけました。
迷惑そうに「何の用?」と出た夫に、私は「出生届を見つけたけど、どういうこと!? 提出期限は今日よ!」と激しく問い詰めます。すると夫は、「あー! 忘れてた! ごめん出しといて!」と悪びれる様子なく言い放ち、電話を切ったのです。あまりの身勝手さにはらわたが煮えくりかえる思いでしたが、時計を見るとすでに21時過ぎ。提出期限まで3時間もありません。私は、まだ傷がズキズキと痛むおなかを押さえながら、寝かしつけた娘をそっと抱っこ紐に入れ、出生届を記入してタクシーを呼び、市役所の夜間受付窓口へ駆け込みました。なんとか娘もぐずることなく提出に間に合ったものの、窓口の方からは「期限を過ぎると過料が発生する場合もあるから、気をつけるように」と、厳しく注意を受けてしまいました。
自宅に戻ると、玄関に夫の靴が。帰ってきた夫は、顔を赤らめ、お酒の匂いがします。問い詰めたら、夫は残業と嘘をついて、産後間もない私と娘を置いて飲み会に行っていたと言うのです。謝罪も感謝もなく「出せた〜?」と呑気に言う夫に私は呆れを通り越し、もはや言葉が出ません。
私はそのまま、県外に住む義母に電話で報告。義母とは結婚してから仲がよく、「何かあったらすぐ相談してね」とずっと言われていました。案の定義母は激怒。夫に電話を代わるも「忘れてたで済まされることじゃないのよ?」「そのくせ産後間もない妻と子どもを置いて、嘘ついて飲み会!? いつまで独身気分なの!」と声を震わせ、泣きながら叫ぶように怒っている声がスピーカーモードにしていなくても聞こえるほどでした。
涙声で怒られたことで、夫は「母親にも妻にも娘にも迷惑をかけた」とようやく酔いも冷めたようで、どんどん縮こまり、電話を切ったあと、私に泣きながら謝罪。しかし私も簡単に許す気になれません。この日を境に、義母の提案で「夫の自由なお金と時間はすべて没収」という厳しいルールが課されました。飲み会は一切禁止、おこづかいも最低限。さらに義母からは「次に何かあったら、私が離婚届を準備する」とまで宣言される始末です。
それからもう10年以上経ち、次女と長男も生まれ、夫は必死に挽回すべく次女と長男の出生届は産後すぐに提出。家のことも子育ても自分から先回りして動くほど頼もしくなりました。その結果、飲み会禁止や最低限のおこづかいという制限は少し緩和しましたが、私はあのときの恨みを忘れることはありません。
自業自得とはいえ、毎日肩を落として生活するその姿は、まさに自らのズボラさが招いた悲惨な末路でした。この一件で家族からの信用を失い、自分の首を絞める事態を招いた夫。一度失った信用を取り戻すのは、簡単ではありません。人との信頼関係を保つためにも、約束はきっちり果たすことが大切だと改めて強く感じた出来事でした。
著者:村沢ゆな/30代・ライター。15歳と12歳のおませな娘たちと、4歳の甘えん坊な息子を育てるママ。毎日の育児にドタバタしながらも、家族に内緒で優雅なカフェランチを満喫するのが趣味。
作画:sawako
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年2月)