便利屋じゃありません!
私は消防士の夫と、6歳の長男、4歳の長女、2歳の次男との5人暮らし。近所には長男と同い年の子どもを育てるシングルマザーのAさんがいました。顔を合わせればあいさつをする程度の関係でしたが、ある日呼び止められ、「子どもの自転車のペダルがうまく付けられなくて……。旦那さんに見てもらえない?」とお願いされたのです。夫はDIYや自転車が趣味。念のため夫に確認を取り、「それくらいなら」と快く引き受けました。夕方わが家に自転車を持ってきてもらい、10分ほどで作業は終了。Aさんはていねいにお礼を言って帰っていきました。
しかしその数日後、夕飯の準備をしているとまたインターホンが鳴ったのです。出てみるとAさんが立っていて、「洗濯機から変な音がして……。旦那さんに見てもらえませんか?」と困った様子です。Aさん宅へ向かった夫はすぐに帰ってきましたが、その後もAさんは「蛍光灯を変えて」「家電の説明書がわからない」など頻繁にわが家へ来て頼みごとをするように。何度かAさん宅に行くうちに夫が消防士だと知ったようで、「消防士さんだったら安心」と、子どものけがの手当てや、病院へ行くべきかの相談までしてくるようになりました。しかも朝早くや夜遅くでもお構いなしです。
夫は「人助けは俺の使命」と正義感が強く、頼まれたら基本断りません。しかし、私はあまりの頻度や夫を呼ぶほどでもないような頼みごとに、モヤモヤするようになっていました。
そしてある休日の朝のことです。以前から計画していたお出かけのため、自宅を出ようとしたとき、インターホンが鳴りました。玄関を開けるとAさんが「洗濯機がおかしくて、床が水浸しだから今から来てほしい」と言うのです。私と夫が困って顔を見合わせていると、長女が「パパ、また○○くん(Aさんの息子)の家に行くの? お出かけ楽しみにしてたのに……」と寂しそうにつぶやきます。その言葉を聞いて夫は「これから家族で出かけるので、ごめんなさい。業者を呼んだほうがきっと早いと思います」と今までと違い、キッパリ断りました。
するとAさんは、顔色を変えます。これまでのひ弱そうな様子ではなく、「ちょっと見るだけですよ!? 今まですぐ来てくれてたじゃないですか!」と声を荒げ、「困った人を助けるのは当然でしょ! 女一人だと大変なのわかるでしょう!」と吐き捨てたのです。それでも夫は「申し訳ないんですが、僕も休みが少ないですし、自分の家族を優先したいんです」と正直に、かつ冷静に応対。そのままドアを静かに閉めようとしたのですが……。
なんとAさんはドアの隙間に足をガッと勢いよく入れて「今日直してもらえないと困るんです! 業者なんて呼んだら出張費だけで数万円も飛ぶじゃないですか! あなたが助けてくれないなら、業者代はそっちで出してくださいよ!」と言ってきたのです。
私と夫は、あまりの言葉に耳を疑いました。Aさんは「今まであなたがしてくれてたから、業者を呼ばずに済んでたのに! 今さら放り出すなんて無責任じゃないですか! 消防士のくせに、困ってる市民を見捨てるんですか!?」とグズグズと文句を言い続けます。
壊れたのはAさんの家の家電なのに、ただの隣人である私たちに修理代を請求するなど、信じられず絶句してしまいました。夫は呆れ果てたように深くため息をつき「……僕たちはご近所さんであって、あなたの家の専属の便利屋ではないんです。これ以上騒ぐなら、警察を呼びますよ」と最後の切り札を放ちました。
夫の低く響く声と鋭い視線に気圧されたのか、Aさんは「冷血漢! 偽善者!」とわめき散らしながら、足音を荒立てて帰っていきました。それからAさんがうちを頼ってくることはありません。
しかし後日、近所の別の家で「助けてくださ〜い!」とインターホンを押しているAさんを偶然見かけました。一緒にいたママ友に例の出来事を話すと、「あぁ、あの人ね。ママ友のランチ会で『近所のパパが一番便利! 情に訴えたらなんでもしてくれる』って豪語してたらしいよ。業者に依頼せず浮かせたお金で、自分はネイルやエステに行ってるんだって」と、Aさんの信じられない本心を教えてくれました。「助け合い」などではなく、他人の善意を利用して自分の生活費を浮かせるためだったのだと知り、あのとききっぱり線引きしてよかったと思いました。
「困っている人を助けたい」という夫のやさしい正義感は素敵ですが、世の中にはその善意にタダ乗りし、断られれば逆ギレして金銭まで要求してくる人もいるのだと身をもって実感しました。理不尽な要求や、善意につけ込むような行動をしっかり見極め、きぜんとした態度で家族を守る「断る勇気」が何より必要なのだと痛感した出来事でした。
著者:菅田希美/30代・会社員。発達がのんびりな6歳の長男と大人びた発言をする4歳の長女、マイペースな2歳の次男を育てるママ。仕事と家事育児に追われ発狂しそうになりながらも「まぁいいか」の精神でなんとか毎日を切り抜けている。
作画:けだま
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年4月)