強面な男性が追いかけてきた理由
私には、4歳の娘と2歳の息子がいます。その日は、子どもたちを連れてドライブがてら少し遠くの公園まで遊びに行くところでした。
公園へ向かう幹線道路の赤信号で停車していると、お腹の底にズシンと響くような重低音が響いてきました。地響きのようなマフラー音とともに隣の車線へ滑り込んできたのは、車高を落とした派手な左ハンドルのカスタムセダンでした。
異様な威圧感に圧倒されていると、その車の運転席の窓がスーッと開き、身を乗り出すようにしてこちらを睨みつけてくる若い男性の姿が目に入りました。金髪で、耳にはジャラジャラとしたピアス。首元には派手なタトゥーがちらりとのぞき、黒と金のジャージを着崩した、思わず恐怖を抱いてしまうような、いかつい風貌のお兄さんでした。
その男性が、ギラついた鋭い目でこちらを凝視しながら、窓の外に身を乗り出して激しい身振り手振りで何かをわめき散らしています。こちらの車の下のほうを指でさしながら、険しい顔で腕を大きく振ってくるのです。窓を閉め切っていたせいか、それとも相手の車内の音が大きいせいか、とにかく声は聞こえませんでしたが、何か因縁をつけ、絡んできているようにしか見えず、恐怖でいっぱいに。
助手席の後ろに座る娘が「ママ、あのお兄ちゃん怒ってるの……? こわい……」とバックミラーごしに私の顔を不安そうに見つめ、緊迫した空気を敏感に察した2歳の息子も「ママー!」とぐずり始めました。
信号が青に変わるなり、私は逃げるようにアクセルを踏み込みました。しかし、次の赤信号で止まると、男性が再び隣の車線にピタリと横付けしてきたのです。
男性は先ほどよりもさらに前のめりになり、窓から身を半分乗り出す勢いで、顔を真っ赤にして何かを叫びながら下を指さしています。その必死な形相が余計に怒り狂っているように見え、恐怖はどんどん募っていくばかり。子どもたちの泣き声と自分の恐怖で頭の中が真っ白になり、私はとにかくその場を離れたい一心で、青信号とともに目的地の公園へ向けて急ぎました。
ところが、その男性はそこから10分ほど走った先にある公園の駐車場にまでぴったりとついてきたのです。
休日とはいえ、昼前の中途半端な時間帯で駐車場にはほとんど車がありませんでした。奥のスペースに慌てて車を滑り込ませると、男性の車も少し離れた位置に滑り込んできました。「ここまで追ってくるなんて、どうしよう……」とパニックになりながら、私は全ドアをロック。「大丈夫だから。静かにしててね」と半分自分に言い聞かせるように子どもたちにささやき、何かあってもすぐに通報できるよう、震える手でスマートフォンを握りしめました。娘は涙をこらえ、息子も私の異変を感じ取って息を潜めています。
やがて男性の車のドアが勢いよく開き、ジャージ姿の男性が足早にこちらの運転席へ近づいてきました。そして窓をコンコンとノックしたのです。車のすぐそばまで近づかれた恐怖の中、通報するべきか迷いながら、私は声を震わせて数センチだけ窓を開けました。
すると男性は、「おいお姉さん! 左の後ろのタイヤ、空気が抜けてペチャンコだぞ!」と息を切らしながら言うのです。
頭が一瞬真っ白になりました。男性は眉を八の字に下げ、身振りを交えて「あのままスピード出してたらホイールが割れるか、タイヤがバーストしてスピンして大事故になるとこだったぞ! 信号で教えようとしたのに逃げるからさ! 見た目が怖かったのは悪かったけど、事故られたらヤバいと思ってマジで焦って追っかけてきたんだよ!」と早口でまくし立てます。
恐る恐る車を降りて確認すると、左後輪が完全につぶれ、ホイールが地面すれすれまで沈み込んでいました。どこかで大きな釘を踏んだのか、完全なパンク状態だったのです。いつからそうなっていたのかわかりませんが、つい先ほどまでは、恐怖で運転中に違和感を感じる余裕もありませんでした。
激しい身振りや形相は、因縁をつけて威嚇していたのではなく、私たち親子の命に関わる異常を一刻も早く知らせようとする必死さの現れだったようです。
状況を理解した瞬間、全身から一気に力が抜け、感謝と申し訳なさで涙があふれそうになりました。何度も頭を下げてお礼を言う私を見て、男性は「気づいてくれてよかったっすわ」と照れくさそうに頭をポリポリとかきました。そして、後部座席で涙目になって固まっている子どもたちに気づくと、パッと無邪気な笑顔を浮かべ、「おー、チビたち! 驚かせてごめんな! 母ちゃんすげぇ頑張ってっから、言うこと聞いていい子にしてろよ!」と手を振り、けたたましい排気音を響かせながらさっそうと走り去っていきました。
男性が追いかけてきた理由が、車の異変を知らせるためだったとわかったときは、本当に驚きました。見ず知らずの私たちのために、わざわざ知らせようとしてくれた男性の親切心には、今でも感謝しています。
もし気づかないまま走り続けていたら、思わぬ事故につながっていたかもしれません。この出来事をきっかけに、出かける前にはタイヤの状態など車に異常がないか確認することの大切さも改めて感じました。
思いがけない人のやさしさに助けられた、忘れられない出来事です。
著者:北沢真子/30代・主婦。食いしん坊な4歳の娘とわんぱくな2歳の息子のママ。甘いものがやめられずダイエットが続かないことが悩み。
作画:けだま
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年4月)