3才のころ、保育士さんに、足の長さが左右で違うことを指摘されたことをきっかけに、骨の軟骨部分に腫瘍ができる「オリエール病」と判明した夢子。腫瘍は悪性ではなさそうなものの、治療をせずに放っておくと、歩行が困難になるケースもある病気でした。
入院には付き添いが必要だったため、母と夢子、父と姉・妹で、別々の生活に。治療は過酷で、複数回の手術と長期にわたる激痛を伴うリハビリで、日々大変な思いをしていた夢子。一方、父と妹と暮らす姉は、厳しい父に家のことを手伝わされることも多く、また母のいないさみしさもあって、不満がどんどん増加していきました。
姉は、学校の成績もよくスポーツも万能で、母の前では夢子に対してやさしいことを言っていましたが、たまに帰宅する夢子に対し、隠れて暴力をふるったり、お小遣いを奪ったり、夜な夜な精神的なダメージを与えるような暴言を吐いたりと、夢子に嫌がらせ三昧。しかし、夢子は姉の嫌がらせを家族にも言えずにいました。それは、夢子自身も「家族がバラバラになったのは自分のせいだ」と思い込んでいたからです。
15才になり、夢子の治療がいったん終了。日常を取り戻した夢子は、高校にもちゃんと通えるようになり、学校での友人もできました。
友人に、姉からの嫌がらせについて、「お姉ちゃんは私の病気のことで我慢してきたから私のせいでもある」と話すと、友人は真っ向から否定。「いじめていい理由にはならないし、病気になったのも夢子のせいじゃない」という友人の言葉は、今まで姉に「全部、夢子のせい」と言われ続けてきた夢子にとって衝撃的でした。
家に帰ると、さらなる衝撃が。父と母が離婚することになったのです。三姉妹は父から「どちらと暮らしたいか」を聞かれ、姉・愛子も妹・姫子は、即座に「絶対にお母さんと暮らしたい」と答えました。
しかし、夢子は迷っていました。すると姉が「家族がこうなったのも、全部夢子のせいなんだから、夢子が責任を取って、お父さんと暮らしたら?」と言い始めたのです。
父と母が離婚。夢子はどちらと暮らす?


















父と母の離婚後、どちらと暮らすかを聞かれた夢子。父は「夢子のせいではないから、夢子の思う通りに」と言われ、夢子は「お父さんと暮らす」と決断。それの理由は「姉と暮らすなんてまっぴらごめん」と思ったからでした。
そして、夢子と父、姉・愛子と妹・姫子と母で、別々の暮らしがスタート。父との生活は、家事などやることが増えたものの、父も家事がある程度できるし、何より姉がいないということが、夢子にとっては最高でした。
しかし、夜になるとやっぱり母に会えないさみしさを感じた夢子。「姉と妹もずっとこんな気持ちだったのかな…」と思うのでした。
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幸か不幸か、父と母の離婚によって、姉と離れて暮らすようになった夢子。姉に「家族がバラバラになったのは夢子のせい」と言われ続けたせいで、自分のことを責めて続けていた夢子にとっては、よかったのかもしれません。自分を攻撃する相手から逃げることは、決して後ろ向きの選択ではなく、自分を守るために必要なこと。夢子がその決断をしたことにはエールを送りたいです。
ただ、母に会えないというつらさを、夢子も改めて感じたようです。やさしい夢子は、姉も妹もこんな思いをしていたのかと考えるとつらいでしょうが、「病気になったのは夢子のせいじゃない」という友人の言葉を胸に、頑張ってほしいですね。
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