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産業医「代わりはいくらでもいる」病気と育児の板挟みで限界の私…→退職届に名前を書く手を止めたワケ

子どもが5歳のとき、私はパニック障害を抱えながら働いていました。病気と子育ての板挟みになり、一時は「もう退職するしかない」と思い詰め、退職届を目の前にしたこともあります。そんな私を、産業医の先生と看護師さんがかけてくれた言葉が救ってくれました。

「大丈夫」を口癖に、限界まで働いていた日々

パニック障害を抱えながら、「大丈夫」を口癖にして働いていた私。けれど、子育てとの両立で体調は徐々に悪化。職場に出勤しても毎日発作を起こすようになり、ついには休職することになりました。

 

動けない日は保育園の送迎すらできず、人に会うことも怖くなりました。保育園の門の前で立ちすくんでしまい、どうしても一歩が踏み出せず、泣きながら娘を連れて家に戻ってきたこともあります。

 

そんなとき、産業医面談がありました。職場に迷惑をかけている心苦しさや、今の葛藤を打ち明けると、先生は静かにこう言いました。

 

「仕事の代わりはいくらでもいるけれど、お母さんはあなただけ。まずは自分の体を大事にしてくださいね」

 

その瞬間、張り詰めていた心の緊張がふっと緩み、気持ちがラクになったのを覚えています。

 

 

泣きながら退職届を書こうとすると…

その後、療養を続けていましたが、休職期間の満了が近づき、「このまま退職するか、復職を目指すか」という現実的な選択を迫られる時期になりました。
 

「これ以上迷惑をかけたくない。でも仕事は続けたい」という葛藤の末、私は退職を決意しかけていました。

 

次の産業医面談の日。私が先生と看護師さんの前で、泣きながら退職届に名前を書こうとしていると、看護師さんがやさしく声をかけてくれました。

 

「今日は名前を書かなくていい。小さな『できた』を積み重ねていきましょう」

 

そして先生は人事に掛け合ってくれ、私が復職できるよう具体的な段取りを示してくれました。
 

「1時間が無理なら30分。30分が無理なら15分。少しずつ慣れていこう」
先生の言葉で、私の中に「やっぱり働き続けたい」という思いが湧き、気持ちを復職へと切り替えることができたのです。

 

復職初日。デスクに着いても、引き出しを開け閉めするだけで精いっぱいでした。
けれど、そんな私を見て先生は親指を立てて、「今日は来ただけで満点!」と笑ってくれました。その一言が、私を心から救ってくれました。

 

 

現在、私は薬を飲みながらですが、無理なく笑顔で働けています。完璧ではないけれど、あの日の自分から見れば十分な前進です。私の「母としての自分」と「働く一人の人間としての自分」の両方を支えてくれた先生と看護師さんには、感謝してもしきれません。

 

保育園に通っていた娘も、現在は小学4年生になりました。
「ママ、あのとき辞めなくてよかったね」
娘のその言葉を聞くたびに、あの日のやさしさが、私の未来を明るく照らしてくれたのだと感じています。

 

 

※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。

 

著者:御法川 元子/30代女性。2015年生まれの女の子の母。子どもが生後4カ月のころから企業の広報担当として働いているワーキングマザー。パニック障害を患いながらも明るい性格で元気に毎日過ごしている。波瀾万丈な人生だが、明るく楽しくをモットーに! 趣味は音楽鑑賞・カラオケ。

 

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年2月)

※AI生成画像を使用しています

 

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