3才のころ、足の長さが左右で違うことがわかり、骨の軟骨部分に腫瘍ができる「オリエール病」と判明した夢子。腫瘍は悪性ではないものの、放っておくと歩行が困難になることもある病気でした。
複数回の手術とリハビリで長期入院を繰り返す夢子に母が付き添い、父と姉・妹とは別々の生活に。夢子も過酷な生活でしたが、父・妹と暮らす姉は、厳しい父に家のことを手伝わされることも多く、また母のいないさみしさもあって、不満がどんどん増加していきました。
そのうち姉は、母に隠れて夢子に暴力をふるったり、お小遣いを奪ったり、暴言を吐いたりと、嫌がらせ三昧。しかし「すべては自分のせい」と思い込んでいた夢子は姉からの嫌がらせを家族にも言えずにいました。
10年かかった治療が15才でいったん終了し、夢子が日常を取り戻したころ、両親が離婚。姉と妹は母と暮らすことを選択し、姉と暮らしたくなかった夢子は父と暮らすことを選択します。
しかし数年後、父が末期のがんであることが判明。「仕事ばかりで家族をないがしろにしたことを子どもたちに謝りたい」と話す父のため、夢子は母と妹に何度も父に会いに来てほしいことを伝えますが、姉に阻まれていた2人。母と妹がようやく会いにきたときにはすでに父の意識はほとんどなく、父は妹・姫子と話すことができないまま、息を引き取りました。
葬儀に現れた姉・愛子は、未婚の母になっていましたが、子育ては母と妹に丸投げ。しかも、父の危篤時にも姿を見せなかったのに「相続人代表は私が!」としゃしゃり出てくる始末。妹・姫子によると、姉はずっと金欠で、妹と母は姉に搾取され続けており「お父さんの遺産、うまくごまかして自分だけ多くもらうはず!」と断言しました。
遺産相続の話し合いでは、夢子が今住んでいる家も、売却して現金化し、3人で分けると言いだした姉。それは困ると夢子が言うと、姉はニヤリとして「この家を売ったとして得られるはずの金額を、私と姫子に現金で支払ってくれれば売らなくてもいい」と言ったのです。
遺言書もなく、夢子はぐうの音も出ず、専門家に相談してみましたが「売却して税金を払い、3人で分けるのがいい」と言われ、夢子は売却を決心。姉は「早く家を出ていけ」と夢子を急かし、さらに夢子が今使っている家財道具も「父が買ったものだからすべて売る」と言い始めました。
「家財道具もすべて売る」と言い出した姉に、夢子は…















子どものころから使っていた家財道具もすべて売るという姉に、夢子は「この家に思い入れはないのか」と聞くと、「そんなもの1mmもない」と答えた姉。さらに「夢子はいいよね。(入院中は)お母さんを独占して、たまに帰ってくるだけで。私がどれだけ家のことをさせられたか」とかつての不満をぶつけます。
複数回の手術や激痛のリハビリに耐えた入院生活、そして家に帰れば姉にいじめられた日々を思い出し、姉の発言に憤りを覚えた夢子は「好きで病気になったんじゃない」と言い返すと「私もあんたの姉に生まれて最悪だった」という姉。それは夢子も同じで、「お姉ちゃんの妹に生まれてよかったなんて、一度も思ったことない!」と心の中で叫びました。
結局、家財道具については買い取ることにした夢子。「早いところ引っ越しして、家具も全部引き払ってね」と言い残し、姉は去っていきました。
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姉は、幼少期から高校生まで過ごした家に、まったく思い入れがないのですね。それどころか「家のことをたくさんさせられた」という子どものころの不満を今でも根に持っており、そういう状況を生み出した夢子に対しても恨みに思っているようです。
しかし、夢子の病気は、誰のせいでもありませんし、誰が悪いわけでもありません。姉が、母と離れてさみしい日々を送らなければならなかったことや、仕事で忙しい父に代わって家のことをしなければならなかったことは、大変なことだったとは思いますが、その不満を夢子にぶつけて、嫌がらせ三昧にすることはお門違いですよね。
人は一人では生きていけませんし、父が亡くなった今こそ、三姉妹は協力しなければならない時期です。かけがえのない家族だからこそ、病気などのピンチには、損得勘定なしで助け合い、支え合っていけると、お互い心強いですよね。
つきママさんの連載は、このほかにもブログで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね。
つきママ