大勢の人が集まる場所が得意ではない私が、母校の創立100周年記念イベントに参加することになったのは、同級生からの連絡がきっかけでした。
成人式以来、久しく会っていなかった彼女から突然メッセージが届いたのは、イベントの数週間前のことです。「幹事を引き受けたから、絶対に来て」という内容でした。
正直、乗り気ではありませんでした。でも彼女は私の返答を聞く前に、もうひとつ頼みごとを付け足してきたのです。
「お弁当の手配、任せたからね! 100人分! 一番豪華なやつにしなさいよ!」
予算や支払い方法を確認しても、彼女は「当日ちゃんとするから、安心して」と言うだけだったのです……。
押しつけられた役割
私にはひとつ、お気に入りのお弁当屋さんがありました。
長年通い続けている小さなお店で、店主は気さくで腕もたしかな方です。法事や地域の行事で80食から120食の仕出しを定期的にこなしているそうで、実際にその量を目の当たりにしたときは驚いたものです。
普段から「大量注文も配達も、うちに任せて!」と言っていたので、私はそのお弁当屋さんに打診することに。いつも自分の分しか買わない私からの大量注文に店主は驚いていたものの、「腕が鳴るわね!」と言って引き受けてくれました。
重要なOBゲストの分まで含めた100人分の注文を快諾してくれた店主には感謝しかありません。お気に入りのお弁当屋さんをみんなに知ってもらえる良いきっかけになりそうだと、私は期待に胸を膨らませつつ、準備を進めていました。
前日のキャンセル
何事もなければ、そのまま当日を迎えていたはずなのに――例の同級生は、前日の夜、興奮しながらこんな電話をかけてきたのです。
「今気づいたんだけど、何よあの弁当屋! あんなところ誰も知らないじゃない!」
「あの先輩も来るのよ!? しょぼい弁当なんか出せるわけないでしょ!」
あの先輩とは、今回のイベント最大のゲストです。在学当時から優秀で、今や複数の地元企業のコンサルタントとして活躍しているのは、私の耳にも入ってきていました。
彼女が幹事を引き受けたのも、その先輩との接点を作りたいから、という動機からでした。
「やっぱり、格ってものがないと。今回は、老舗のお弁当屋さんに私が直接頼んだから!」
「そっちはキャンセルしておいて!」
一方的にそう言ってきた彼女。私がキャンセル料について尋ねると、「あんたが勝手に話を進めたんだから、あんたが払うべきでしょ」と言い切り、取り合ってくれません。
「いいけど、本当に大丈夫?」
「は? 何が言いたいわけ? 格式ある老舗よ? 変な心配しなくていいから!」
「……そう。じゃあ、その手配の責任はあなたが持ってね」
スマホを置いたあと、しばらく何も手につきませんでした。怒りももちろんありましたが、大量注文を引き受けてくれた店主に対しての申し訳なさが、じわじわと胃のあたりに重く広がっていきました。
イベント当日のドタバタ
そして、イベント当日の朝――。
「どうしよう! お弁当が届かないの!」
「お店から『正式なご注文としては承っておりません』って連絡が来て! どうにかして!」
電話で「お願いしたつもり」になっていただけで、正式な注文として必要な確認は何ひとつ終わっていなかったようでした。いつもの強気な口調はどこへやら、例の同級生の声はあわてふためいていました。「あんたのせいなんだから」という言葉を繰り返していたものの、以前の迫力はありません。
「心配しなくていいよ」と答えた私。
「お弁当なら、お昼には会場に届くはずだから」
昨晩の電話のあと、そのままお弁当屋さんの店主のもとに出向き、頭を下げた私。幹事を務める同級生が地元の老舗の仕出し弁当を頼んだことを打ち明けると、店主は腕組みをして考え込んでしまいました。
「前日の夜に大量注文を受けてくれるお弁当屋さんなんて、なかなかないはず。もう仕入れも終わってるはずだし……、老舗ならなおさらよ」
「本来の注文はキャンセル扱いになるけど、仕込みの都合もあるし、できる分は用意しておくよ。残りは店で出せばロスも減るし、キャンセル料も抑えられると思う」
そう言って、店主はすぐに準備に取りかかってくれたのです。
そして店主の予想は当たりました。私が連絡すると、あらかじめ用意してくれていたお弁当を、すぐに会場へ配達してくれたのです。
呆然と立ち尽くしたまま、その様子を見ていた同級生。もう何も言えない様子でした。
無事にお弁当も行き渡り、イベントは終了。会のあと、数人の同級生が私のところへ来て「無事に済んでよかった」「あなたが動いてくれて助かった」と声をかけてくれました。会のあとに関係者から「あのお弁当おいしかった」「ぜひまた食べたい」という声があったと聞きました。
これはあとから会計担当者から聞いた話です。
参加費5,000円には、もともとお弁当代も含まれていました。ところが彼女は受付でその説明を伏せたまま、「お弁当代は別です」と言って3,500円ずつ集めていたのです。私も、そういうものだと思って支払ってしまいました。
会計のとりまとめ役が私用で遅れて会場入りしていたため、二重取りが発覚したのは会が終わったあとでした。
先輩の前でいい格好をしようとして、予算オーバーのお弁当を頼もうとしていたようですが……実際にはお弁当は届きませんでした。彼女は参加者に十分な説明をしておらず、お弁当代として集めたお金の扱いも不透明でした。事情を知らない人が見れば、着服を疑われても仕方のない状況だったのです。
結局、今回のイベントで彼女は信頼を失墜させただけになってしまいました。
その後――。
同級生からは何度か連絡が来ましたが、私は応じませんでした。もう関わりたくない――その思いは私だけでなく、OBやほかの同級生たちも同じだったようです。
今回の出来事で、自分がいい格好をしたいからといって、他人を犠牲にするのは違うということを痛感しました。同級生は格や見栄えを気にするあまり、本当に大事なことが見えなくなってしまっていたのでしょう。
同級生よりも、途方に暮れていた私に寄り添って、最善策を一緒に考えてくれたお弁当屋さんの店主のほうが私にとっては信頼に足る存在です。
店主は、「この間のイベントのおかげで、あなたの学校の卒業生のお客さんが増えたよ!」と笑っていました。これからも、私はこのお弁当屋さんに足を運んで、おいしいお弁当を食べ続けるでしょう。それが、私にできる恩返しです。
【取材時期:2026年1月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。