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要介護になった義母「苦労かけるわね」私「はい?お世話しませんけど」→長年いびられた嫁からお返し♡
要介護になった義母「苦労かけるわね」私「はい?お世話しませんけど」→長年いびられた嫁からお返し♡
結婚と同時に、義実家で義母との同居生活が始まりました。私は在宅でデザインの仕事をしているのですが、義母からは「家でやる仕事なんて大した仕事ではない」と軽視され、「一日中家にいるんだから」と家事のほとんどを押しつけられていました。
夫「彼女と再婚するから子どもたちをよろしく!」→「ママとは暮らさない」子どもたちが不倫パパを選んだワケは?
夫「彼女と再婚するから子どもたちをよろしく!」→「ママとは暮らさない」子どもたちが不倫パパを選んだワケは?
わが家は、夫と5人の子どもたちの7人家族です。最近は夫の事業が好調で、安定した生活が送れている半面、夫は家族をないがしろにするようになってしまいました。 毎日のように飲み歩いて帰宅しないことも多く、週1回は家族で食事するという約束すら守りません。
夫から突然「離婚しよう。余命3年なんだ」と告げられ…「じゃあ子ども作ろう」私が妊活を提案したワケ
夫から突然「離婚しよう。余命3年なんだ」と告げられ…「じゃあ子ども作ろう」私が妊活を提案したワケ
「病めるときも、健やかなるときも……」と誓い合った夫婦ですが、実際に重い病気という大きな試練に直面したら、あなたはどうしますか? 大切なパートナーが重い病気になったとき、その人の本性や夫婦の絆が浮き彫りになることがあります。今回は、「病気」をきっかけに正反対の決断をした夫婦の体験談をご紹介します。 絶望的な宣告を前に、離婚を申し出た夫を支え続けた妻。一方、闘病中の妻を見捨て、不倫相手との再婚を企んだ夫。それぞれが迎えた結末とは……?
35歳の夫「結婚したんだからお世話して♡」→断ったら離婚!? 私に母親役を求める夫に下した決断
35歳の夫「結婚したんだからお世話して♡」→断ったら離婚!? 私に母親役を求める夫に下した決断
私は32歳の看護師。慌ただしい毎日でしたが、患者さんの笑顔に励まされながら仕事を続けていました。 夫と出会ったのは、彼が骨折で入院してきたことがきっかけでした。退院後に偶然再会して連絡を取り合うようになり、不器用ながらも真面目なところに惹かれた私は、約1年の交際を経て結婚しました。 新婚生活が始まったころは、「この人となら穏やかな家庭を築いていける」と信じていた私。しかし一緒に暮らしていくうちに、夫が私に求めていた「妻」の姿が、私の想像とは大きく違っていたことに気づいたのです……。
元妻と偶然再会「離婚してよかった♡夫は商社部長よ!」⇒僕「え…彼って」衝撃の事実を伝えると?
元妻と偶然再会「離婚してよかった♡夫は商社部長よ!」⇒僕「え…彼って」衝撃の事実を伝えると?
約3年前、「給料が安くて欲しいものが買えない」という理由で当時の妻に不倫され、散々見下された末に離婚を突きつけられた僕。すべてを失い、どん底にいた僕ですが、偶然再会した大学時代の友人である女性と再婚。懸命に努力を重ねて安定した生活を手に入れました。そんなある日、街で元妻とまさかの再会を果たし……。
社長の息子「嫁もらったから!」略奪自慢→俺「妻は隣にいるけど?」滑稽な勘違いの末路とは!
社長の息子「嫁もらったから!」略奪自慢→俺「妻は隣にいるけど?」滑稽な勘違いの末路とは!
私と妻は、結婚して2年になる共働き夫婦です。休日の朝は二人でゆっくりとコーヒーを淹れ、夜は一緒にお酒を飲みながらその日にあった些細な出来事を語り合う。そんな、派手ではないけれど心から安らげる、温かく穏やかな毎日を送っていました。妻はいつも私の味方でいてくれる、かけがえのない大切な存在です。
義母「1等当選!?しっかり分けなさい!」当選金をアテにして豪遊→私「山分けしますね♡」強欲な義母の悲惨な末路
義母「1等当選!?しっかり分けなさい!」当選金をアテにして豪遊→私「山分けしますね♡」強欲な義母の悲惨な末路
義母との関係で、お金の話が思わぬ火種になることもあります。臨時収入が入ったと思い込まれたり、家族の収入を勝手にあてにされたりして、「自分にも分けてもらえるはず」と決めつけられたら、困ってしまいますよね。 今回は、お金の気配を感じた途端、人の財布を勝手にあてにした義母たちに、女性たちがきっぱり線を引くエピソードをご紹介します。 「1等当選」という言葉を宝くじだと思い込んだり、家にあった書類を見て息子には十分な収入があると決めつけたり……。思い込みのままお金を求めた義母たちは、やがて思わぬ現実を突きつけられることになります。
「本当の母親が来るから欠席して」20年育てた娘から拒絶された私。結婚式直前、届いたSOS
「本当の母親が来るから欠席して」20年育てた娘から拒絶された私。結婚式直前、届いたSOS
私は再婚した夫の連れ子と養子縁組をしました。娘がまだ幼いうちに夫が亡くなり、それから20年近く、私はひとりで娘を育ててきました。娘に苦労をさせたくないという思いが強く、自分のことは後回しにして、困る前に手を差し伸べたり、必要なことを先回りして整えたりすることも少なくありませんでした。そんなある日、娘から「結婚したい人がいる」と言われたのです。しかし、家にやって来た男性の態度を見て、私は不安を覚えずにはいられませんでした。
婚約者「浮気しただろ!300万払え!」身に覚えのない疑い⇒証拠写真の裏にはまさかの人物が!?
婚約者「浮気しただろ!300万払え!」身に覚えのない疑い⇒証拠写真の裏にはまさかの人物が!?
交際2年になる彼からプロポーズされ、結婚に向けて準備を始めたころのこと。仕事で3カ月ほど長期出張することになりました。ようやく出張を終え、久しぶりに彼と会えることを楽しみにしていた私。しかし、待っていたのは思いもよらない言葉でした。
義母「息子と離婚させてよかった♡」私「彼はもういません」離婚後、元義母が溺愛する息子を失ったワケ
義母「息子と離婚させてよかった♡」私「彼はもういません」離婚後、元義母が溺愛する息子を失ったワケ
私は母子家庭で育ち、高校卒業後はすぐに就職しました。夫は、私が働いていた会社の取引先である、義実家が経営する会社に勤めていました。そんな夫と私は仕事上で出会い、数年の交際を経て結婚。夫はとてもやさしく、彼と結婚できたことは本当に幸せでした。ただ、唯一の問題は義母の存在でした。
夫「お前の浮気現場は押さえた!」私「その人はね…♡」→密会していた男性の正体を知って絶望したワケ
夫「お前の浮気現場は押さえた!」私「その人はね…♡」→密会していた男性の正体を知って絶望したワケ
私は30代半ばの兼業主婦で、結婚3年目。子どもはまだいませんが、義母から会うたびに「孫はまだ?」と聞かれるため、そろそろ真剣に考えなければと思っているところです。 しかし、このところ夫は帰りが遅く、夫婦の会話もほとんどありません。態度も日に日に冷たくなっているように感じていました。
「茶色い弁当=腐ってるんで捨てました♡」夫を狙う新入社員が弁当をゴミ箱へ→略奪女の自業自得な末路
「茶色い弁当=腐ってるんで捨てました♡」夫を狙う新入社員が弁当をゴミ箱へ→略奪女の自業自得な末路
私は以前、料理教室で講師をしていました。現在は専業主婦で、夫と2人暮らし。夫の職場の人たちとは交流があり、ときどきわが家で食事会を開くこともあります。私が作る料理を楽しみにしてくれる人も多く、私自身もみんなで食卓を囲む時間を楽しんでいました。 そんなある日、夫の部署に入った新入社員の女性の歓迎会を、わが家で開くことになったのですが……。
夫「グアムには俺たちだけで行く!」私のお金で義両親と旅行→「気をつけてね♡」義家族…空港で絶望?
夫「グアムには俺たちだけで行く!」私のお金で義両親と旅行→「気をつけてね♡」義家族…空港で絶望?
楽しみにしていたはずの家族旅行。しかし、そこには義家族や夫の身勝手な思惑が隠されていることも……? もし、家族旅行なのに自分だけ置いていかれたり、自分だけ宿の予約がなかったりしたら、あなたはどうしますか? 今回は、嫁を都合よく利用して自分たちだけで旅行を満喫しようとした「身勝手な義家族」にまつわる体験談をご紹介します。妻のやさしさにつけ込み、図々しい態度の夫や義家族たち。 そんな彼らが迎えた結末とはいったい……!?
大家「家賃10万円上げる!無理なら出て行け」私「了解です♪」→退去当日、大家の態度が一変したワケ
大家「家賃10万円上げる!無理なら出て行け」私「了解です♪」→退去当日、大家の態度が一変したワケ
私は10歳の娘を育てるシングルマザーです。 当時、娘と暮らしていたのは築40年ほどの木造アパート。雨の日には共用廊下に水がたまり、玄関ドアもきしむほど古い建物でしたが、家賃が周辺の相場より安いうえ、私の職場や娘の小学校にも通いやすく、母子2人で暮らすには助かっていました。 ただ、ひとつだけ悩みの種がありました。
御曹司「お前の嫁、俺が貰ったから!」夫を嘲笑う不倫妻→私「今、社長の前でスピーカーですが」公開処刑に顔面蒼白に!
御曹司「お前の嫁、俺が貰ったから!」夫を嘲笑う不倫妻→私「今、社長の前でスピーカーですが」公開処刑に顔面蒼白に!
私と妻は結婚して3年目。派手な生活ではありませんが、休日は一緒に近所へ買い物に行ったり、夜はテレビを見ながらその日の出来事を語り合ったりと、ささやかながらも温かい家庭を築いていると思っていました。私は中堅企業でプロジェクトリーダーを任されており、決して給料が高いわけではないものの、仕事にはやりがいを感じていました。
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