ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班の記事

著者プロファイル

ライター

ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

新着記事が配信されたら、メールやプッシュ通知でお知らせ!

読者からの体験談をお届けします。

記事(4309)
「私たち♡婚約しました」夫が浮気相手と結婚報告!?→オーケー♪義両親公認に唖然!姉になりきり乗り込んでみた結果
「私たち♡婚約しました」夫が浮気相手と結婚報告!?→オーケー♪義両親公認に唖然!姉になりきり乗り込んでみた結果
結婚して「家族」になるということは、心強い味方が増えることだと思っていました。でも、もしその家族全員が、自分ひとりを騙すために「グル」になっていたとしたら……? お金を搾り取るために優しく接したり、自分の浮気を隠すために「嫁の不妊」という嘘を共有したり。夫と義両親が結託して仕掛けてくる数々の企みは、あまりにも卑怯で残酷なものでした。 今回は、信じていた身内たちが手を組み、主人公を追い詰めていった2つのエピソードをご紹介します。家族ぐるみの裏切りに直面したとき、彼女たちはどのようにしてその状況を打ち破っていったのでしょうか――。
娘の入学式をドタキャンした夫→ママ友から「遊園地にいるよね?」近所のシンママと秘密のデート!?
娘の入学式をドタキャンした夫→ママ友から「遊園地にいるよね?」近所のシンママと秘密のデート!?
予定より早い出産で、とても小さく生まれた娘。出産後しばらくは入退院が続き、歩き出すのも他の子より遅く、発達の遅れを心配した時期もありました。 それでも夫婦で支え合いながら育て、ついに幼稚園の卒園式。写真を見返していると涙が溢れてしまうのは、自分でも止められませんでした。あの小さな命がここまで育ってくれた……その事実だけで、胸がいっぱいになったのを覚えています。 夫も「よく頑張ったな」と笑ってくれ、共に子育てを乗り越えてきた戦友のような絆を感じていました。 次はいよいよ小学校です。ママ友たちの間でも「あそこの小学校は評判がいいし、先生方も信頼できる」と持ちきりで、娘が元気に通う姿を想像するだけで、私は入学式が楽しみでなりませんでした。
「彼は次期社長だから♡」結婚式でマウントを取る元カノ⇒義父「え?息子は…」元カノと新郎が真っ青に!
「彼は次期社長だから♡」結婚式でマウントを取る元カノ⇒義父「え?息子は…」元カノと新郎が真っ青に!
元カノの結婚式に出席することになった僕。彼女とは数年前に別れて以来、顔を合わせていませんでした。もちろん、彼女に未練があるから参加したわけではありませんでした。ではなぜ僕が元カノの結婚式に参加することになったのかというと……。
産後間もない私を追い出した義母「金持ちの娘と暮らすから」⇒1カ月後「娘、1円も持ってなかった…」
産後間もない私を追い出した義母「金持ちの娘と暮らすから」⇒1カ月後「娘、1円も持ってなかった…」
夫との結婚から1年が経ち、私は第一子を出産。喜びも束の間、夫はほどなく長期出張に旅立ってしまい、同居義母との二人暮らしが始まりました。 義母は夫がいる間こそ比較的穏やかでしたが、夫がいなくなった途端に態度が少しずつ変わっていきました。産後間もない体で、慣れない育児に必死だった私に、義母の言葉は日増しにきつくなっていったのです。 最初は「私が未熟だから仕方がない」と自分に言い聞かせていました。でも、小さな違和感はじわじわと積もっていきました。
私のお金で旅行する義家族→私「もう出さない」夫「なら離婚だ」記入済み離婚届を渡され即提出した結果!?
私のお金で旅行する義家族→私「もう出さない」夫「なら離婚だ」記入済み離婚届を渡され即提出した結果!?
私は結婚当初から、夫の家族と良い関係を築きたいと思っていました。しかし次第に「ここまでしなければならないのか」と疑問を感じる場面が増えていくように……。義妹の子どもの世話を押しつけられたり、外食の費用を負担するのが当たり前になったりと、負担は次第に大きくなっていったのです。 なかでも一番の悩みは、義家族との旅行でした。一度、私たち夫婦が費用を出して旅行に連れていったことをきっかけに、それが恒例のようになってしまったのです。
夫「うつるの嫌!友人の家に泊まる」インフルの妻子を放置→私「家引き払うね♡」全部失った夫は
夫「うつるの嫌!友人の家に泊まる」インフルの妻子を放置→私「家引き払うね♡」全部失った夫は
私と夫、そして幼稚園に通う娘。私たち家族は、どこにでもいるごく普通の3人家族でした。娘が幼稚園に入園してからは、手のかかっていた時期を少しだけ抜け出し、私の心にもようやく少しのゆとりが生まれていました。 もちろん、不満が全くなかったわけではありません。夫は仕事が忙しいことを理由に、家事や育児のほとんどを私に任せきりでした。ただいつか夫も父親としての自覚を深め、本当の意味で協力し合える夫婦になれる。そんな期待を胸に抱きながら、私は日々の小さな違和感に蓋をして、平和な家庭を守ろうと必死にやりくりを続けていたのです。
「家は俺が相続する!」手術直後の私より遺産の心配ばかりする夫⇒私「わかってないのね?」暴走した夫が顔面蒼白になったワケ
「家は俺が相続する!」手術直後の私より遺産の心配ばかりする夫⇒私「わかってないのね?」暴走した夫が顔面蒼白になったワケ
「それより、大事な話があるんだけど。今、大丈夫か?」 手術後の病室で、私は夫からの返信を読み返しました。私は着替えと必要な書類を頼んだだけでした。せめて「体は大丈夫か」と聞いてくれると思っていたのに、返ってきたのはまったく別の話でした。
「私だけ味が違う?」義母の手料理を夫が味見すると「え!?」義母が大慌て!➡その後、後悔することに
「私だけ味が違う?」義母の手料理を夫が味見すると「え!?」義母が大慌て!➡その後、後悔することに
私は20代の会社員です。夫と結婚して2年が経ったころの話です。当時、義実家とは1カ月に2~3回ほど一緒に食事をする付き合いがあり、表面上は穏やかな関係が続いていました。 けれど、私にはずっとひとつ気がかりなことがありました。 それは、義実家で出される食事が毎回おいしく食べられないことでした。
「親が甘すぎる!」義父が玩具を取り上げ暴走!⇒孫が見せた「一枚の絵」で鬼の目から想定外の涙…!?
「親が甘すぎる!」義父が玩具を取り上げ暴走!⇒孫が見せた「一枚の絵」で鬼の目から想定外の涙…!?
私たち家族は義父と同居しています。夫の母は早くに他界しており、義父は男手一つで夫を育て上げてきました。家事も完璧にこなす義父との同居生活は、結婚当初はとても穏やかで平和なものでした。しかし、私たちの間に息子が誕生してから、その生活は少しずつ変わり始めます。 息子が生まれたのは、ちょうど義父が定年退職を迎えた直後のことでした。これまで仕事に注いできた情熱と時間のすべてを、今度は孫の教育に捧げると宣言した義父。大量の育児書を読みあさり、すっかり過剰な「教育じいじ」へと変貌してしまったのです。
PICKUP