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記事(4956)
夫「味が薄い!足りない!」妻の手料理に文句をつけ外食ざんまい→離婚後、元夫からSOS!一体何が!?
夫「味が薄い!足りない!」妻の手料理に文句をつけ外食ざんまい→離婚後、元夫からSOS!一体何が!?
私は同じ会社で働いていた夫と、3年前に結婚。結婚したばかりのころは家事を分担し、お互いに仕事が忙しいときには助け合っていました。 この生活がずっと続いていくものだと思っていたのですが、結婚2年目を迎えたころから、夫の様子が少しずつ変わっていったのです……。
婚約者と浮気した女から「結婚式での代読依頼」→祝辞代読の後、私の暴露で…会場は騒然!?
婚約者と浮気した女から「結婚式での代読依頼」→祝辞代読の後、私の暴露で…会場は騒然!?
同僚の男性と婚約していた私。しかし、彼は職場の後輩女性と浮気し、私たちは婚約を解消しました。その後、元婚約者と後輩は会社を退職し、私は後輩の仕事を引き継ぐことに。仕事もプライベートも……そして、私の気持ちもようやく落ち着いたころ、なんと2人から結婚式の招待状が届いたのです。
彼女「底辺企業のあんたの昇進祝いなんて無理」女子会と偽り浮気→数分後、浮気相手が土下座…だって彼は!
彼女「底辺企業のあんたの昇進祝いなんて無理」女子会と偽り浮気→数分後、浮気相手が土下座…だって彼は!
私は中堅メーカーで働くごく普通の会社員です。劇的な出来事こそありませんが、真面目にコツコツと働くことだけが取り柄でした。当時、私には交際して2年になる彼女がいました。休日は一緒にスーパーで買い出しをして手作りの夕食を楽しみ、他愛のない会話で笑い合う。そんなささやかで温かい日常を大切にしており、彼女を幸せにするために日々の業務に真摯に向き合っていました。
夫「どうせ似た顔だし♪どっちでもいい」妹と不倫…妊娠発表と乗り換え宣言→どうぞ♡妹の婚約者を知り顔面蒼白!
夫「どうせ似た顔だし♪どっちでもいい」妹と不倫…妊娠発表と乗り換え宣言→どうぞ♡妹の婚約者を知り顔面蒼白!
妹の妊娠は、本来なら家族として喜ばしい知らせのはずです。けれど、その相手が自分の夫だと告げられたら——。妻を支えるべき夫が、よりにもよって身近な妹と関係を持っていたと知れば、これまで築いてきた信頼は一瞬で崩れてしまいますよね。 双子の妹の妊娠を理由に、「同じ顔だからどっちでもいい」と妻を切り捨てようとした夫や、専業主婦の妻を見下し続けた末に、妹を妊娠させたからと家まで奪おうとする夫……。妻の妹に手を出した夫たちは、やがて自分の思い込みや浅はかさを突きつけられることになります。 今回は、妹の妊娠をきっかけに夫の裏切りを知った女性たちが、冷静に現実を突きつけ、自分の人生を守る決断をするエピソードをご紹介します。
「ただの配達担当だろ」料理人に軽く扱われた私。仕事ぶりを見ていた人物とは
「ただの配達担当だろ」料理人に軽く扱われた私。仕事ぶりを見ていた人物とは
私は高校卒業後、地域の洋食店で働き始めました。現在は厨房で調理補助をしながら、注文を受けた弁当の配達も担当しています。料理人のB山さんからは「ただの配達担当だろ」と軽く扱われることもありましたが、いつか本格的な調理に携わりたいと思い、厨房で教わったことを一つずつ覚えていました。そんなある日、配達先での出来事が、私の働き方を変えるきっかけになったのです。
「1カ月も子どもを放置するな!」元義母から鬼電⇒僕「離婚してますが」衝撃の事実を伝えると…?
「1カ月も子どもを放置するな!」元義母から鬼電⇒僕「離婚してますが」衝撃の事実を伝えると…?
数年前、僕は元妻の浮気が原因で離婚。しかも元妻は、浮気相手の子を身ごもっていました。離婚後、僕は傷ついた気持ちを立て直そうと通い始めたトレーニングジムで、現在の妻と出会い再婚。やがて第1子も誕生しました。ようやく穏やかで幸せな日常を手に入れたいと思っていたある日、元義母から電話がかかってきて……?
夫「離婚するから遺産半分よこせ」私「どうぞ♡」手には100円玉!?卑劣な夫&義母が青ざめたワケ
夫「離婚するから遺産半分よこせ」私「どうぞ♡」手には100円玉!?卑劣な夫&義母が青ざめたワケ
母子家庭で育った夫は、「男の俺が母さんを守る!」という思いを強く持っています。その考え自体を否定はしませんが、行き過ぎではないかと思うこともあるのです。 例えば、クリスマスやお正月などのイベントはいつも義母も一緒。外食や休日のお出かけにも当然のように義母を誘うので、夫婦2人で過ごす時間はほとんどありませんでした。控えてほしいとお願いしても、「母さんが邪魔者なのか!?」と怒ってしまい、話になりません。
失踪した元夫が10年ぶりに現れ「俺の娘なのに似てない」私「血つながってないから」真実を告げた結果
失踪した元夫が10年ぶりに現れ「俺の娘なのに似てない」私「血つながってないから」真実を告げた結果
私が妊娠8カ月のとき、元夫はわが家の貯金のほとんどを持ち出し、テーブルに離婚届を置いて突然姿を消しました。残されたのは、元夫宛ての複数の消費者金融からの督促状と、元夫の不倫相手の夫からの慰謝料請求の通知でした。 身重の私は途方に暮れましたが、義両親の助けも借りながら一つずつ対応。その後、無事に長女を出産しました。やがて義両親を通じて元夫と連絡を取ることができ、弁護士を介して離婚条件について話し合い、長女の養育費についても取り決めたうえで、離婚を成立させました。 ところが、元夫はそれ以降再び音信不通に。約束した養育費も一度たりとも支払われませんでした。
義父「嫁は実家を捨てるのが常識だ!」親族の前で嫁いびり→義姉と義妹「じゃぁ…♡」義実家分裂!哀れな結末
義父「嫁は実家を捨てるのが常識だ!」親族の前で嫁いびり→義姉と義妹「じゃぁ…♡」義実家分裂!哀れな結末
嫁だから、嫁いだ家のルールに従うべき——。そんな古い価値観や一方的な決まりを押し付けられたら、息苦しさを感じてしまいますよね。けれど、その“嫁ルール”が、思わぬ形で言い出した側を追い詰めることもあるようです。 今回は、一方的な“嫁ルール”に振り回されてきた妻たちが、義家族の理不尽さに気づき、きっぱり線を引くエピソードをご紹介します。 「嫁に行ったら実家に帰るな」という義父の持論が、既婚の娘たちによってその矛盾を突きつけられたり、義姉から「ルールに従えないなら離婚」と言われた妻が、その言葉どおり離婚を決意したり。嫁だけに我慢を強いてきた義家族は、自分たちの言葉が思わぬ形で返ってくることになり……。
ママ友のSNS「愛情たっぷり♡」夫との不倫関係を匂わせ→「だったら私も♡」同じ料理を作って仕返し
ママ友のSNS「愛情たっぷり♡」夫との不倫関係を匂わせ→「だったら私も♡」同じ料理を作って仕返し
夫の浮気相手が、もし身近な「ママ友」や「親友」だったとしたら……。しかも、彼女たちが勝ち誇ったように「不倫の匂わせ」や「略奪宣言」をしてきたら、あなたならどう対応しますか? 今回は、承認欲求からか、独占欲からか、自ら妻に不倫をバラすような行動をする「身の程知らずな不倫相手」にまつわる体験談をご紹介します。SNSで堂々と不倫を匂わせるママ友と、妻が骨折して入院している隙に夫を奪い「彼と再婚する♡」と宣言する親友。 しかし、彼女たちが手に入れたと信じていた「幸せ」の裏には、とんでもない真実が隠されていて……? 不倫カップルたちが迎えた結末とは!?
夫「ATMが帰ってきた」娘「お金だけ置いてって」海外出張帰りの私を金づる扱い→黙って家を出た結果
夫「ATMが帰ってきた」娘「お金だけ置いてって」海外出張帰りの私を金づる扱い→黙って家を出た結果
私は父が立ち上げた食品会社で働いていました。以前は翻訳の仕事をしていましたが、母が体調を崩したことをきっかけに実家の会社へ転職。母が仕事に復帰したあとも、そのまま会社に残り、父を支えていました。 私には夫と娘がいました。娘は夫の連れ子で、私が夫と再婚したころには、すでに自分の意思をはっきり口にできる年齢でした。当然、私と血のつながりがないことも本人は知っていました。 それでも私は、結婚した以上は娘も大切な家族だと思い、できる限りのことをしてきたつもりです。
上司と不倫の妻「安月給の夫より課長さん♡」→3年後、俺を見下した2人が転落したワケ
上司と不倫の妻「安月給の夫より課長さん♡」→3年後、俺を見下した2人が転落したワケ
私は中堅規模の商社で働く営業マンです。同じ職場で事務をしていた妻と結婚して3年、共働きで忙しくも充実した毎日を送っていました。 休日のたびに近所のスーパーへ二人で買い出しに行き、夕食を作りながら他愛のない会話で笑い合う。そんな飾らない時間が何よりも好きだったのです。いずれは郊外に小さなマイホームを持ち、子どもを授かったら休日は家族でキャンプに行きたいね、と将来の夢を語り合うこともありました。 仕事の面でも、少しずつ重要な取引先を任されるようになり、会社からの期待に応えようと日々奔走していました。決して派手な生活ではありませんでしたが、真面目にコツコツと積み重ねていく日々に、確かな幸せと平和を感じていたのです。
「役目は終わり」義父の死後、介護を担っていた私を追い出した義家族。お望み通り出ていった結果
「役目は終わり」義父の死後、介護を担っていた私を追い出した義家族。お望み通り出ていった結果
私は現在40代後半。幼いころに母を亡くし、その後、父も病気で他界。きょうだいもおらず、夫との間にも子どもはいなかったため、私には頼れる身内がほとんどいませんでした。結婚後、私は夫とともに義父の介護を始めました。夫は4年前に他界しましたが、その後も私は義実家で同居を続け、結婚から10年にわたって義父を支えてきたのです。義母と義妹は、身寄りのない私を家族として支えるどころか、介護や家事を任せるのが当たり前という態度でした。
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