3才のころ、足の長さが左右で違うことがわかり、骨の軟骨部分に腫瘍ができる「オリエール病」と判明した夢子。長期入院を繰り返す夢子に母が付き添い、父と姉、妹とは別々の生活に。夢子も過酷な生活でしたが、父、妹と暮らす姉・愛子は、父の厳しさと母のいないさみしさで、不満がどんどん増加していきました。
そのうち姉は、母に隠れて夢子に暴力をふるったり、お小遣いを奪ったり、暴言を吐いたり、嫌がらせ三昧。しかし「すべては自分のせい」と思い込んでいた夢子は姉からの嫌がらせを家族にも言えずにいました。
15才でいったん治療が終了し、夢子が日常を取り戻したころ、両親が離婚。姉と妹は母と暮らすことを選択し、姉と離れたかった夢子は父と暮らすことを選択します。
数年後、父が末期のがんで息を引き取ると、病気の父を放っていた姉が「相続人代表は私」と主張。実は、姉はずっと金欠で、妹と母から搾取し続けていたのです。遺産相続でありとあらゆるものを売却した姉は、夢子と姫子に100万円だけを振り込み、失踪。夢子は、姉と縁を切るチャンスと考え、妹とともに実家を離れました。
半年後、突然帰宅した愛子は妹たちを探し出すと、遺産を独り占めしたと責められますが「多くあげすぎていたから50万ずつ返して」と嘘を重ねる始末。呆れた夢子が「遺産分割調停をしよう」というと、愛子はひるんで帰っていきました。
その後、家から金目の物をすべて盗み、再び姿を消した愛子は、別の窃盗容疑で逮捕。弁護人によると、愛子は、窃盗を繰り返して、宗教団体に多額の献金をし続けていたことがわかったのです。愛子にとって、家族は献金の供給元。だからこそ、愛子は夢子たちを執拗に追い続けるのです。
愛子と離れ、母、姫子、マナと平和な暮らしを始めた夢子でしたが、足が痛むようになり、愛子に見つかる危険があることに怯えながらも、地元にあるかかりつけの病院を受診することに。しかし、夢子は、駅で張っていた愛子に見つかってしまいました。
叔母とカフェで合流した夢子は愛子につけられていたことを知って驚愕したものの、意を決して、店を出ることに。最初は怯えていた夢子ですが、愛子に向かって幼いころからの思いをぶつけ、「あなた以外の家族はバラバラなんかじゃない!」というひと言も。そうこうするうちに叔母が警官を呼んできたため、愛子は逃げていきました。
無事に自宅に帰った夢子はもう二度と地元に帰るまいと、かかりつけの病院から転院する手続きをしたのです。
姉と対峙したあの日から5年が経ち…






















姉と対峙したあの日から5年後、夢子も新しい職場で仕事をし、マナは小学生に。妹は結婚して1児の母となり、母は趣味を一緒に楽しめる友人ができて…と、新しい生活にも慣れ、平和な日々を過ごしていました。
姉が今どこで何しているのかはわからず、また興味もないので、知ろうともしていない夢子たち。以前は、姉に見つからないかと怯えていたこともありましたが、今はもう姉のことを気にすることはなくなっていたのです。それもこれも、あの日、愛子に言いたいことを言えたからだと夢子は思っていました。
夢子自身、足の病気にかからなかったらこんなにつらい人生ではなかったはずと恨んだこともありましたが、「大切な人たちの存在に気づけ、家族が笑っているだけで幸せと感じられるようになったのは、今はこの病気のおかげかもしれない」「気の持ちようで、人生の彩りが増す」――夢子はそう思えるようになっていたのです。
そして、姉にも、自分たちに執着することなく、真っ当に生きてほしいと思う夢子でした。
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夢子も母も姫子もマナも、姉の呪縛から逃れ、自分らしい日々を送ることができるようになって本当によかったですね。
何度も手術をしたり、つらいリハビリをしたり、病気のためにつらい幼少期を過ごした夢子ですが、それによって、自分を大切に思ってくれる存在に気づき、また、家族の笑顔の尊さとありがたみを強く感じられるようになった夢子。人として成長し、また誰からも脅かされない平和な日々を手に入れて、心に少し余裕ができたのかもしれません。
心穏やかに過ごせる日々。それは、ささやかだけど、とても尊く、幸せなもの。できれは愛子にも、そんな幸せを知ってほしかったですね。
そして、私たちも日常にある、当たり前のように存在している小さくて、でも絶対に失いたくない幸せ…。それを大切に守っていきたいですね。
つきママさんの連載は、このほかにもブログで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね。
つきママ