忙しさに紛れて見過ごしていたこと
当時の私は、仕事と子育てに追われる毎日を送っていました。気が付けば1日が終わり、ゆっくりと誰かを思う余裕すらなかったように思います。
母は持病があり、入退院を繰り返していました。それでも「大丈夫よ、心配しないで」と、いつも明るく振る舞っていました。その言葉に安心しきっていた私は、「また今度会いに行けばいい」と先延ばしにしてしまっていたのです。
電話では何度か話していましたが、実際に顔を見に行く時間を作ろうとはしませんでした。忙しさを理由にして、どこかで後回しにしていたのだと思います。
間に合わなかった最期の時間
ある日、病院から急変の連絡が入りました。胸騒ぎを覚えながら慌てて駆けつけましたが、母はすでに意識を失っていました。
そのまま何も言葉を交わせないまま、私が到着してから数時間後、母は静かに息を引き取りました。
手を握りながら、「ごめんね……どうしてもっと早く来なかったのだろう」と、自分を責めることしかできませんでした。母の手にはまだ温もりが残っていて、そのぬくもりが、かえって現実を突きつけるようでした。
残されていた思いと消えない後悔
葬儀を終えた後、母の部屋を片付けていると、私と子どもの写真が丁寧に飾られているのを見つけました。さらに、私宛てのメモも何枚か残されていました。「無理しないでね」「いつも応援しているよ」といった言葉が並んでいました。
その文字を見たとき、母は私に会いたかったのではないか、と自然に思いました。しかし私は、忙しさを理由にそれに向き合わずにいたのです。もしあのとき、一度でも「会いに行こう」と行動していたら……そう考えるたびに、今でも胸の奥が重くなります。
母の最期の表情は穏やかでした。それでも、この出来事は私の中に深く残り続けています。それ以来、私は「会いたいと思ったときに会うこと」や「伝えたい気持ちはその場で伝えること」を意識するようになりました。以前のように後回しにしてしまうと、取り返しのつかない後悔につながることがあると感じたからです。
まとめ
今は、家族や身近な人との時間を意識的に大切にし、感謝の気持ちを言葉にするようにしています。母が残してくれたこの経験は、私にとって人生を見つめ直すきっかけになりました。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:川村恵子/50代女性・パート
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年3月)
※一部、AI生成画像を使用しています。
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