最初はただ必死で、慰謝料と養育費には手をつけず、自分の収入だけでやりくりしました。少しずつ貯蓄や資産運用の勉強も始め、将来への備えを整えようと必死です。
それでも息子と過ごす時間は何ものにも代えがたく、苦労というより「守るべきものがある」という手応えに満ちた毎日でした。
元義母からの着信
そんな静かな生活に亀裂を入れたのは、1本の電話でした。画面に表示されたのは、消さずに残していた元義母の名前です。
「あの子はこれから、うちの跡取りとして私たちが責任を持って育てるわ。あなたはまだ若いんだから、身軽になって自由になりなさいな」
挨拶もそこそこに、元義母はそう切り出しました。女ひとりで子育ては大変でしょう、再婚にも差し支えるでしょう——そんな言葉で私を「思いやっている」ふうを装いながら、要求の中身は「孫を返せ」という内容です。
離婚後、一度も息子の様子を尋ねてこなかった人の口から出る言葉とは、とても思えませんでした。
私がはっきり断ると、元義母は態度を豹変させました。離婚になったのは私に色気がないせいだ、妻としてたりなかったからだ、と私を責めはじめたのです。私は黙って電話を切りました。
身勝手な理由
その日の夜、今度は元夫から電話がかかってきました。再婚した相手が子どもを望めない体質だったこと、それを知った元義母と揉めて相手は家を出て行ったこと、そして「男の子を跡継ぎにしたい」という元義母の意向で、急遽息子に白羽の矢が立ったことを話します。
元夫は悪びれもせず「母さんが言い出したら、俺じゃもう止められないんだ。それに冷静に考えてみろよ。女ひとりで男の子を育てるのは、経済的にも教育的にも限界があるだろう?」と、もっともらしい言葉を並べました。
そして最後に、元夫はこう言い残しました。「母さんはどんな手を使ってでも取り戻そうとする。後悔するなよ」と。
「息子は返してもらった」
そのひと言の重みを思い知ったのは、1週間後のことでした。私は息子を連れて家を離れ、ワーケーションをしていました。そんなある夕方、スマホに元夫から着信が入ったのです。
「息子は返してもらう。今、そっちの家から連れ帰る」声は勝ち誇っていました。庭で遊んでいた息子を連れ出し、車に乗せたと言います。
しかし私の隣では、息子がお菓子をつまみながら絵本をめくっていました。頭の中は大混乱です。
そのとき、あることを思い出しました。お隣のママ友から「息子が勝手に庭に入っているようで申し訳ない」と謝罪の連絡を受けていたのです。お隣の息子さんは息子と1歳しか違わず、よく兄弟のようだと言われていた男の子で、よくうちの庭に来ては息子と遊んでいました。
「……ちょっと待って。今どこにいるの? まさか実家の庭にいた子を連れて行ったんじゃないよね?」恐る恐る尋ねると、元夫は当然だと言わんばかりに鼻で笑いました。
「もしかして……その子、お隣の息子さんじゃない?」
私は声を絞り出しました。元夫は「俺が自分の子を見間違えるわけがない」と怒鳴り返しましたが、別れて以降写真1枚さえ欲しがらなかった人間にそんな言葉を言う資格はありません。
事情がわからないまま、元夫からの電話は切れました。
その後の話
その後、お隣のママに急いで電話をして事情を伝えると、車に乗せられているわが子を発見し、すぐに警察へ通報したそうです。怖い思いをさせたお詫びを丁重に伝え、電話を切りました。
息子を誘拐しようとしたこと自体が許し難い話ですが、そもそも、わが子の顔すら判別できなかった元夫の姿には、怒りを通り越して虚しささえ感じてしまいます。
元夫は警察で厳しく事情聴取を受けることになりました。いくら実の父親だと言い張っても、親権がない身での無断連れ去り、ましてや「他人の子」を間違えて連れ去ろうとした事実は重く、厳重注意だけでは済まない騒動になったようです。
私は念には念を入れ、実家を出てセキュリティのしっかりとしたマンションへ移り住みました。両親も「一緒に行く」と言ってくれて、今は家族みんなで新しい生活を始めています。
息子は今日もよく笑い、よく食べ、祖父母に遊んでもらいながら穏やかに過ごしています。私は在宅の仕事を続けながら、子どもの将来に必要なものを少しずつ準備しているところです。
◇ ◇ ◇
どれほど血のつながりがあろうとも、親権のない親が無理やり子どもを連れ去る行為は、重大な犯罪(未成年者略取誘拐罪)に当たります。相手の執着や言動に不穏な空気を感じたら、すぐに周囲や警察、専門家へ相談し、物理的な安全を確保することが重要です。
子どもが安心して笑っていられる環境を作ってあげたいですね。
【取材時期:2026年3月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています