母の体調が悪くなったのは、3月の終わりごろでした。しばらく実家に滞在することになり、そのことを夫に伝えると、「大変だな……俺も行きたいけど仕事が忙しい」と返ってきました。
私は「大丈夫だから仕事頑張って」と返し、冷凍庫に作り置きのおかずを入れてあることも伝えていました。
夫はもともと「私がいないと何もできない」とよく言う人でした。当時はそれをかわいらしいと思っていましたが、今思えば完全に甘えだったのだと思います……。
隣人が教えてくれたこと
帰省して3日目の昼過ぎ、自宅の隣に住む女性から電話がかかってきました。会えば立ち話するくらいの間柄です。
そんな彼女が「仲がいいのは素敵なことだと思うんですけど……」と気まずそうに切り出してきたのです。話の内容は、夜中に聞こえてくる声のことでした。
「管理会社に言って大ごとにするのもな、って思って……」
「夜の声をもう少しだけ控えていただけると……」
私は戸惑いながら答えました。
「今、私は実家に帰省中なんですが……」
その瞬間、彼女が息を呑む音が聞こえました。
「え……? じゃあ、昨晩の声は……?」
私は、3日前からずっと実家にいることを説明しました。すると彼女は、「昨日も一昨日も、女性の声が何度も聞こえていました」と教えてくれたのです。
「そんなはずない」と思いながらも、言葉がうまく出ませんでした。
断片的にしか覚えていませんが、「女性の声が何度も聞こえていたこと」「私だと思い込んでいたこと」「楽しそうな声だったこと」などを聞いたとき、頭の中がうまく整理できなくなっていました。
夫への確認
部屋に戻ると、母は静かに昼寝をしていました。その穏やかな光景とは裏腹に、私の中では嫌な想像ばかりが広がっていきました。
夫が「残業で遅い」と言っていた3日間――私は毎晩「おやすみ」とメッセージを送り、体を気遣っていたのに。
気づいたときには、私は夫に電話をかけていました。
「昨日の夜、何してた?」
「普通に仕事して帰って寝たけど。なんでそんなこと聞くの?」
私は隣人の話をそのまま伝えました。すると夫は「テレビじゃないか?」と言ったのです。
その言い訳を聞いたとき、不思議と笑いがこぼれました。納得ではなく、あきれに近い感情でした。
「テレビと人の声の違いくらい、わかると思うけど」
私がそう言うと、しばらく沈黙が続きました。
その後、ようやく「人を家に呼んでいた」と認めた夫。会社の後輩で、終電がなくなったから泊めただけだと説明しました。
しかし、その説明には無理がありました。
「妻がいない間に女性を泊めて、何もないで済むと思ってるの?」
夫はしどろもどろになりながら言い訳を続けていましたが、もちろん説得力はありません。その場で追及を続けることはせず、近くに住む叔母夫婦に母のことをお願いし、私は帰宅して確認することにしました。
部屋に残されていた違和感
急いで自宅に戻ると、部屋は不自然なほどに整えられていました。
洗面台の化粧水の位置がいつもと違う。見覚えのないコットンのパッケージがゴミ箱に入っている。洗面台の下には、知らないピアスが落ちていました。
一つひとつなら言い逃れできるかもしれません。しかしそれらが重なっていくたびに、偶然では片づけられなくなっていくのです。
話が変わるたびに、もう言い逃れは無理だと自分でもわかっているのだろうと思いました。そこで私は反論せず、発言を一つずつ記録することにしました。日時と発言の内容をメモに残し、やり取りも保存しました。
最初は「特に親しくはない異性の友人」、次に「親友みたいな女性」、そして最終的には、その女性と個人的な関係にあったことを認めたのです。話が変わるたびに、夫は自分でも何を言っているのかわからなくなっているようでした。私は感情的に責める代わりに、「今の話も記録するね」とだけ伝えました。
交際期間を聞くと、しばらく黙ったあとで「半年くらい前から」と返事がありました。
その半年間、私は毎日お弁当を作り、体調を気遣い、支えていたつもりでした。そのことを思い出しても、怒りよりも虚しさしか残りませんでした。
静かに進めた決着への準備
夫から言質を取った翌日、私は弁護士の無料相談へ。そこで「今後は感情的なやり取りを避け、記録を残すこと」が重要だと教えられました。
努めて冷静でいるつもりでしたが、やはり気は動転していたようです。何から手をつけていいかわからない私に、弁護士はいろいろと確認すべきポイントも教えてくれました。
弁護士に言われた通りに確認すると、夫のカード明細には外食やアクセサリー購入の履歴が残っていました。私は一つひとつ写真に撮り、証拠として保存しました。
また、例の隣人は、音が聞こえた日時を記録してくれていました。「必要なら私が証言しますから!」という力強い言葉にどれだけ救われたかわかりません。
これだけの証拠と本人の自白があれば十分に進められる、と弁護士に言われたとき、ようやく私の中で話がつながりました。夫がその場しのぎで重ねた言い訳は、すべて自分を追い詰める材料になっていたのです。私は荷物をまとめ、その日のうちに実家へ戻りました。夫からは何度も「反省している」と連絡が来ましたが、私は何も返しませんでした。もう言葉で揺さぶられるつもりはなく、必要なことはすべて弁護士を通すと決めていたからです。
その後――。
弁護士を通じて手続きを進め、私たちは離婚。慰謝料の支払いが確認できた時点で、私は元夫の連絡先をブロックしました。元夫と、その女性がその後どうなったのかは知りません。
あの日、隣人が勇気を出して伝えてくれなければ、私は何も知らずに同じ生活を続けていたと思います。そう考えると、怖さよりも虚しさのほうが強く残りました。
離婚後の生活は、驚くほど静かです。洗面台が自分の使ったままの状態であることに安心したとき、胸が少し痛みました。それでも、もう誰かの嘘や言い訳に振り回されることはありません。特別な幸せはまだいりません。ただ、穏やかに一日を終えられること――それを自分の手で取り戻せたことが、今の私には何より大きいと感じています。
【取材時期:2026年4月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。