「妊娠は病気じゃない」という言葉の刃
つわりがひどく、起き上がることすらままならない日。私は必死の思いで夫に「今日は体調が悪いから、夕飯は何か買ってきてほしい」と頼みました。しかし、夫から返ってきたのは労りの言葉ではなく、ため息混じりの冷たい一言でした。
「妊娠は病気じゃないってよく言うだろ。甘えすぎじゃないか?」
それどころか、私が寝込んでいる横で「今日は後輩を連れてくるから、酒と飯の準備をしておけ。お前はでかい腹でウロウロされると邪魔だから、準備が終わったら寝室に引きこもってていいぞ」と言い放ったのです。
「せめて、今日だけは静かに過ごさせてほしい」と涙ながらに訴えても、「俺の家で誰を呼ぼうが勝手だろ」と聞く耳を持ってくれませんでした。世の中には一人で家事も育児もこなす「シンママ」がたくさんいるんだから、お前は恵まれているほうだ、と。
このときから、私の中で夫に対する信頼の糸が、プツリと音を立てて切れ始めていました。
陣痛の最中、夫が放った衝撃の言葉
予定日を間近に控えたある日の夕方、規則的なおなかの張りとともに、これまで経験したことのない痛みが襲ってきたのです。
「陣痛が始まったみたい。病院に連れて行ってほしい」
仕事から帰宅した夫に、私は必死でしがみつきました。しかし、夫は着替えをしながら、私の方を一度も見ようともしませんでした。
「は? 俺、これから遊びに行く予約入れてるんだけど。初産は時間がかかるって言うだろ? 今すぐ産まれるわけじゃないんだから、タクシーで行けよ」
あまりの痛みに震える私を置いて、夫はさらに信じられない言葉を続けました。
「車が汚れるのも嫌だしな。救急車でも呼べば? 産むのはお前の仕事だろ。俺は産まれたら見に行ってやるからさ」
そう言って、夫は夜の街へと消えていきました。激痛と、それ以上に深い絶望感。私は一人、震える手でタクシーを呼び、産院へと向かいました。
分娩室で一人、痛みと戦いながら私は思いました。「あの人は、もう私の家族ではない」と。
翌朝、病室に現れた「最強の味方」
壮絶な出産の末、無事に元気な女の子を抱くことができた翌朝。疲れ果てて眠っていた私のスマホに、夫から何食わぬ顔でメッセージが届きました。
「生きてるか? 昨日から飲みすぎてオールしちゃったわ。今から見に行ってやるから、どこの病院か教えろよ」
怒りで震える指で返信しようとしたそのとき、病室のドアが開きました。そこに立っていたのは、私の母と、そして――夫の母親、つまり義母でした。
義母は私の体調を深く気遣ったあと、私の様子がおかしいことに気付いたようで「何かできることはある?」と聞いてくれました。昨夜の出来事で「もう夫とはやっていけない」と感じていた私は実母に買い物を頼んだあと、義母と2人きりの部屋ですべてを打ち明けました。
私の話を聞き、顔面蒼白になる義母。そして「この件、私に任せてくれる?」「お嫁ちゃんは赤ちゃんのことだけ考えていてね」と義母に言われました。
後から聞いた話なのですが、義母は病室を飛び出した後、即座に夫を実家に呼び出し、怒号をあげたそう。
「あんた、 陣痛で苦しむ奥さんを捨てて飲み歩くなんて、人間のすることじゃないわ! あんたにあの子を見る権利なんて、これっぽっちもないわよ!」
夫は「知識がなかっただけだ」「そこらへんの女もみんな耐えてることだろ」と苦しい言い訳を並べましたが、義母は一蹴しました。
「知識がないのを言い訳にするな! 命を削って産んでくれた人に、よくそんなひどいことが言えたわね。私はお嫁さんとあの子を守る。あんたみたいな最低な息子、こっちから縁切りよ!」と突きつけたそうです。
突きつけた決別と、手に入れた平穏
その後、私は実家の両親と、そして夫を勘当した義両親の全面的なサポートを受け、離婚協議を進めました。
夫は当初「離婚なんてヒステリーだ」「経済的に一人でやっていけるわけがない」と高を括っていたようですが、会社の人や共通の友人たちからも軽蔑され、最終的には私の提示した慰謝料と養育費の条件をすべて飲み、離婚届にサインしました。
離婚後、面会交流でたまに会う夫からは、日に日にやつれ、家事もままならない荒れ果てた生活を送っていると聞きました。
「本当に悪かった、やり直したい」
そうすがられたこともありましたが、私の心に響くことは二度とありません。私にとって、あの陣痛の夜に私を見捨てた男は、もうこの世に存在しないも同然なのです。
現在は、実家で両親に助けてもらいながら、愛しい娘との生活を心から楽しんでいます。義両親とも良好な関係が続いており「孫に会えるだけで幸せ」と言って、今でも私を本当の娘のように支えてくれています。
◇ ◇ ◇
一番心細い妊娠・出産の時期に、最も信頼すべきパートナーから拒絶される痛みは計り知れません。大切な命を共に守るパートナーとして、お互いを一番に思いやり、常に「自分事」として向き合う意識を持って生活していきたいですね。
【取材時期:2026年4月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。