時々わが家に遊びに来る夫の親友。その日も「話がある」と言って訪ねてきたため、何か良い報告でもあるのだろうと思い、私は少し手の込んだ料理を用意して迎えました。
食事は和やかに進んでいましたが、お酒が進むにつれて、結局いつもの話題へ。夫の親友には2人の子どもがいて、子育てのすばらしさを語ってくるのです。
「子どもはいいぞ、早いうちに考えたほうがいい」
「女性はいつまでも産めるわけじゃないんだから」
悪気がないのはわかっていました。それでも、その言葉を聞いているのがつらくなり、私は一度席を外しました。
耳を疑った夫の一言
気持ちを落ち着けて戻ろうとしたそのとき、リビングから夫の声が聞こえてきました。
「本当は子どもは欲しいんだけど、妻は子どもが苦手で……」
「無理にとは言えないし、本人の気持ちを優先してるんだ」
思わず足を止めました。
私たちは話し合ったうえで「治療はしない」と決めていたはずです。それなのに、まるで私の意思だけで子どもを望んでいないかのように話していることに、強い違和感を覚えました。
その直後、夫の親友が声を荒らげました。
「おかしいだろ! お前は昔から子どもが欲しいって言ってたじゃないか」
「それをわかって結婚しておいて、産まないっていうのは約束が違う」
夫は慌てて親友をなだめていましたが、私は何も聞かなかったふりをして部屋に戻りました。
「何の話ですか?」
そう聞いた瞬間、夫の親友から私に向かって厳しい言葉がぶつけられました。
「子どもを望んでいる人と結婚しておいて、それを叶えないのはおかしい」
「相手の人生を左右する由々しき問題だ」
「子どもを産むつもりがないなら、こいつと別れてほしい」
今までも似たような言葉を受けたことはありましたが、このときばかりはあまりにも一方的な言い分に、言葉を失いました。
静かに差し出した事実
私は静かに席を立ち、引き出しから1枚の書類を取り出し、テーブルの上に置きました。――それは以前受けた検査結果のコピーでした。
しばらくの沈黙のあと、夫の親友の顔色は真っ青に。突きつけられた事実を理解したのか、深く頭を下げて謝ってくれました。
しかし、そのとき私が向き合いたいと思ったのは、夫のほう。夫が事実と違う話をしていたこと、そしてそれを訂正しなかったことに、私はどうしても納得がいかなかったのです。
その日、夫の親友が逃げるように帰ったあと、私たちは改めて話し合いました。
どうして事実を隠したのか。なぜ私に責任があるような言い方をしたのか。
「自分に原因があると知られたくなかった」と夫。そして、本心では子どもを諦めきれていなかったことも、正直に打ち明けてくれました。
それから何度か夫婦で話し合いを重ね、私たちは「もう一度頑張ってみよう」と決め、医師と相談のうえで不妊治療を受けることに。身体的にも精神的にも負担はありましたが、夫と2人でなんとか乗り越えました。
そして数年後、私は男の子を出産したのです。
妊娠や出産は、とてもデリケートな問題です。だからこそ、第三者が軽々しく口を出すべきではないと、改めて感じています。
しかしながら、あの出来事がなければ、私たちは本音を話さないまま、そしてわが子に出会えないままだったかもしれません。これからも夫としっかり向き合い、納得できるまで話し合っていきたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。