「お前は影で支えてろよ」
控えめな性格の僕は、コツコツとデータを集めて分析するのが得意なタイプ。一方、弟は派手なプレゼンで上司の心を掴むのが得意なタイプでした。ある時、僕は数ヶ月かけて温めてきた新規事業の企画書をようやく完成させました。
それを盗み見た弟は、あろうことか僕のデスクから企画書を奪い、そのまま上司であるAさんの元へ。
「Aさん、最高の企画を思いつきました!」と、さも自分がゼロから考えたかのように振る舞ったのです。
僕が震える声で「それは僕が作ったものだよ……」と抗議すると、弟は耳元でニヤけながらこう囁きました。
「いいじゃん、俺の手柄にすれば通るんだからさ。お前みたいなオドオドした奴がプレゼンしても、どうせボツになるだけだろ? 影で俺を支えるのが兄貴の役目だよ」
結局、上司のAさんは「よく練られたいい企画だ! これなら厳しいことで有名な先方の社長も納得するぞ」と、弟を大絶賛。僕の企画は、完全に弟のものとして受理されてしまったのです。
取引先の社長は、すべてを見抜いていた
ついに、大口の取引先である企業の女性社長を招いたプレゼンの当日。弟は、僕から奪った企画書を手に、意気揚々と会議室へ入っていきました。僕は資料の準備係として、部屋の隅で立ち会うしかありません。
弟は「御社にぴったりの最高の企画を、私が心血注いで用意しました」と調子のいい言葉を並べ、立て板に水のごとくプレゼンをこなしていきます。上司のAさんも満足げな表情。しかし、プレゼンが終わった瞬間、ずっと黙って聞いていた社長が、冷静な声で問いかけました。
「……なるほど、確かにいい企画ね。この案はあなたが?」
「はい! リサーチからデータ分析、企画のコンセプト立案まで私が一人で準備してきました」弟は調子のいい言葉をこぼします。
「そう。それなら、この企画の核となっている『顧客データの分析』について、具体的にどう導き出したのか説明してもらえる?」
弟は一瞬で言葉に詰まりました。当然です。彼は僕がまとめた結論だけをなぞっただけで、その裏付けとなる膨大なプロセスを全く理解していなかったのです。
弟は冷や汗をかきながら、「それは……その、私が長年培ってきたマーケティングの知見と、直感的なセンスで……」と支離滅裂な回答を始めました。
その横で、僕はあまりに的外れな弟の回答に耐えきれず、無意識に手元の補足資料を握りしめ、身を乗り出していました。
「偽物に用はないの」
すると社長は、会議室にいたメンバーをぐるりと見回し、部屋の隅で一際オロオロしていた僕に鋭い視線を向けました。
「あなた、プレゼンの最中から、数字の訂正箇所があるたびに顔をしかめていたわね。もしよかったら、あなたの口から説明してくれる?」
僕は驚きで固まりましたが、勇気を振り絞り、自分が必死に調べ上げた数字の根拠、そして企画に込めた想いを、誠実に説明しました。社長は僕の話を最後まで深く頷きながら聞き終えると、弟に向き直って言い放ったのです。
「ビジネスにおいて、数字の根拠を答えられないプレゼンターは信頼に値しないわ。その根幹を理解せず、上辺だけをなぞっただけの『偽物』に用は無い。私は、この企画を本当の意味で作った人と仕事がしたいの」
その言葉に、弟は顔面蒼白。上司のAさんも「まさか、弟くんが横取りしていたのか……?」とようやく事態の深刻さに気づいた様子でした。
社長が「もう一度聞くわ。この企画、本当は誰が?」と静かに、しかし逃げ場のない声で問うと、弟は厳しい視線に耐えきれず「……兄です」と弱々しく僕を指差しました。
結局、そのプロジェクトのリーダーには僕が指名されました。弟は社内での信用を完全に失い、今は厳しい教育係の下で基礎の基礎からやり直させられています。自分勝手に振る舞い、他人の努力をかすめ取ってきた弟でしたが、積み上げた本物の実力だけは誤魔化せなかったようです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。