第一印象は最悪だった定食屋
その店は年季の入った外観で、いわゆる「町の定食屋」という雰囲気でした。夕食どきにもかかわらず、店内の席は半分ほど空いています。立地は悪くないのに、人気店にしては妙だと感じました。
ただ、厨房から漂ってくる香りは驚くほど食欲をそそります。常連らしき男性客が「味はいいんだけどなあ……」とつぶやいているのも耳に入りました。
注文を終えて待っていると、派手な髪色の若い女性店員が現れました。そして、ドンッと乱暴に注文した料理を置きながら「おっさん! ごはん大盛りね!」と声をかけてきたのです。気さくというより、かなりくだけた接客です丁寧な接客を重んじる店で経験を積んできた私には、正直かなり衝撃的でした。
そして食べようとしたところ、突然その女性が入口に向かって声を荒らげました。
「また来たの? 用がないなら帰って!」
入口には落ち着いた雰囲気の女性が立っていましたが、何も言わず去っていきました。私は店内の空気に戸惑いながらも、運ばれてきたかつ丼をひと口食べて、今度は別の意味で衝撃を受けました。
驚くほどおいしかったのです。味のバランス、揚げ加減、だしの深み。これまで数多くの店を食べ歩いてきましたが、素直に感動する味でした。
料理の裏にあった家族の事情
後日、私は改めてその店を訪れました。結果は同じでした。やはり、文句なくおいしい。私は思い切って料理人に会わせてもらえないか頼みました。
すると奥から現れたのは、車椅子の男性でした。女性店員の父だというこの男性は、以前は料理人として厨房に立っていたのだとか。しかし事故で長時間の調理が難しくなり、今では娘さんが調理も接客も、ほとんどの業務をひとりでおこなっているということでした。
女性店員は少し照れくさそうに「この店をなくしたくなくて、父を手伝ってるだけだよ」と言いました。しかし父親は「作り方は伝えたが、味をここまで仕上げたのは娘の努力だよ」と続けました。
私は自分が見た目や話し方だけで彼女を判断していたことを恥ずかしく思いました。
改善したのに客が減った理由
その後、私は常連として通ううちに、接客面を少し整えればもっと評価される店になると感じました。何度か通ううちに顔見知りになり、私がレストランを経営していることを伝えると、父親から「娘をサポートしてやってくれないか」と頼まれました。それをきっかけに、私は彼女に接客の基本やメニューの見せ方などを伝えることにしました。
彼女も努力家で、言葉づかいや案内の仕方を一生懸命学び、店の雰囲気はみるみる良くなりました。実際、一時期は客足も増えたのです。
ところが数カ月後、久しぶりに訪れると店内は静まり返っていました。
話を聞くと、隣に新しくできたレストランの関係者が、定食屋についてよくないウワサを流していたそうです。
「衛生面が不安らしい」「感じの悪い店らしい」そんな根拠のない話が広まり、新規のお客さまが減ってしまったとのこと。さらに、隣のレストランを仕切っていたのは、以前入口に立っていたあの女性だと知りました。彼女と娘さんは学生時代から折り合いが悪く、個人的な感情もあったようです。
本物の味が選ばれた日
「店を閉めなきゃいけないかもしれない……」と落ち込む彼女を見て、私は黙っていられませんでした。
自分の店のお客さまや食に関心の高い知人たちに、個人的にこの定食屋を紹介したのです。誇張した宣伝ではなく、「本当においしい店がある」と率直に伝えました。すると口コミで評判が広がり、店の前には少しずつ行列ができるようになりました。
それを見た隣店の女性が不満そうに出てきましたが、お客さまたちは動じませんでした。味も誠実さも、実際に食べればわかるからです。隣店の女性は何も言えず、引き返していきました。
その後、定食屋は以前のにぎわいを取り戻しました。私は経営者として相談に乗ることはあっても、主役はあくまで彼女と家族です。努力して店を守り抜いた人たちが、正当に評価されたのだと思います。
私自身も、第一印象だけで人を判断してはいけないと、改めて学ばされました。今では仕事帰りにそのかつ丼を食べるのが、何よりの楽しみになっています。
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見た目や話し方だけで相手を決めつけると、本当の実力や誠実さを見落としてしまうことがありますよね。今回のように、地道に努力を重ねた人や店は、時間がかかってもきちんと評価されるのだと感じさせられるエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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