結婚式当日の朝、いつものようにメッセージを送ったものの、彼から連絡はありませんでした。移動する時間になっても電話は繋がらず、メッセージも既読にならないまま……。
不安を抱えつつ式場へ向かい、何度も連絡を送り続けていると、彼のスマホからメッセージが届きました。「この男の妻です。夫はあなたとは結婚しません」
画面を見た瞬間、頭が真っ白になりました。彼には奥さんがいて、その奥さんが彼のスマホから連絡をしてきているのでしょう。私はその場に立ち尽くすことしかできませんでした。
本妻からの連絡
その後、彼の妻を名乗る女性から直接電話がかかってきました。丁寧な言葉遣いの中に冷たさが感じられます。慰謝料の支払い、示談での解決——電話越しにそれらを淡々と告げてくる声に、私はひたすら押しつぶされるような感覚を覚えていました。
「少しの間とはいえ、夢を見られただけでも十分でしょう」
そのひと言が、胸に深く刺さりました。私と彼の2年近くを「夢」と切り捨てる言葉は、私を処理すべき問題として扱っているように感じられます。
後日話し合いの場を設けるという約束だけを頼りに、私は結婚式を取りやめ、式場を後にしました。式場には彼の招待客はひとりも現れないまま……。その事実が、重くのしかかりました。
謝罪の裏に隠れた本性
数日後に行われた話し合いで、彼はひたすら謝罪を口にしていました。しかし話し合いが終わると、すぐに私へ連絡を寄越してきたのです。
夫婦関係は表面上の修復であり、本心では妻への愛情はない——そう語りながら、彼が口にしたのは信じがたい提案でした。
「俺の愛人にならないか?」
式を台無しにされ、妻からは見下した言葉を浴びせられ、それでもまだ「愛人になれ」と言う彼。毎月の手当を渡すから続けよう、と言い続けたのです。
結婚を偽って交際し、式を中止に追い込み、慰謝料で黙らせようとした——それだけでも十分すぎる裏切りでした。しかし彼はまだ、私が言いなりになると信じて疑わなかったのです。
愛人の復讐
「覚悟を決めます」と答えたとき、彼は明らかに安堵した表情を見せました。私がその提案を受け入れたと思ったのでしょう。しかし、私の覚悟の意味は別のところにありました。
私が連絡を取ったのは、彼ではなく彼の妻でした。あれだけ冷たい言葉をかけてきた相手です。それでも、彼女もまた夫に裏切られた側であることは変わりませんでした。既婚者だと知らなかったとはいえ、私と過ごした時間が彼女を傷つけていたのも事実です。
私は彼の妻に連絡を取り、直接会う時間を設けてもらいました。そこでこれまでの経緯を洗いざらい話し、丁重に謝罪をした上で、相談を持ちかけたのです。
愛人提案のやり取りはメッセージにすべて残っていたため、スマホの画面を直接見せました。彼の妻はしばらく沈黙の後、「詳しく教えてください」と言ったのです。
妻の決意
妻の目は、これまでの冷たく見下すようなものから、静かな怒りへと変わっていました。
「私の前で土下座までして『もう二度と裏切らない』と泣きついた数日後に、こんな連絡をあなたにしていたのですね」
その声は震えていました。彼女は私に対して「夢を見られただけ十分」と言い放ちましたが、それは彼女自身が夫から「妻帯者であることを隠した遊びだった」と聞かされていたからでした。
しかし、このメッセージが示す事実は違います。彼は妻も、そして私も、ただ自分の都合の良いように扱おうとしていただけだったのです。
「私と一緒にあの男を懲らしめる気はありますか?」
妻の提案に、私は迷わず頷きました。そこから、本来なら対立するはずの私たち二人の、奇妙な戦いが始まったのです。
私たちはそれぞれの弁護士を雇い、完璧な布陣を敷きました。私は彼からの「愛人契約」に関する連絡にわざと乗り気なふりをし、条件を話し合う名目で彼を都内のホテルの個室ラウンジへと呼び出しました。
妻と愛人が作り上げた罠
当日、何も知らない彼は、私が言いなりになったと信じ込み、上機嫌で部屋に入ってきました。しかし、その顔に浮かんでいた薄ら笑いは、部屋の奥に座る妻の姿を見た瞬間、完全に凍りつきました。
「なんでお前がここに……?」状況が呑み込めず後ずさりする彼に、私は冷たく言い放ちました。
「愛人の契約のこと、奥様にも同席していただいたほうが話が早いと思いまして」そこからは、彼の思い描いていたシナリオが粉々に砕け散る時間でした。
まず、同席していた妻側の弁護士から、離婚協議書と莫大な慰謝料の請求書が突きつけられました。再構築を約束した直後の決定的な裏切り行為により、言い逃れは一切できません。
続いて、私の弁護士からも書類が提示されました。既婚であることを隠して関係を持ち、結婚の約束までしたこと、そしてその約束を不当に破ったことへの慰謝料。そして、式場を当日キャンセルしたことで発生したキャンセル料の全額請求です。
「こんな額、払えるわけが……」真っ青になる彼に、妻は氷のように冷たい声で告げました。
「大企業にお勤めなのですから、会社に迷惑をかけないよう、誠実に対応していただけますよね? もし支払いを出し渋るようなら、法的措置をとります。裁判を経て給与の差し押さえとなれば、嫌でも会社にこの一連の事実を知られることになりますよ」
社会的地位と体裁を何よりも気にする彼にとって、その言葉は致命傷でした。彼は床に崩れ落ちるようにして必死に謝罪の言葉を並べ始めました。しかし、彼の流す涙に同情する者は、ここには誰一人としていませんでした。
不倫男の末路
それから数カ月後。離婚した彼は家も車も手放し、私と元妻へ支払う莫大な慰謝料と賠償金のために、文字通りすべてを失いました。会社には居座っているようですが、どこからか噂が漏れたらしく、周囲の冷ややかな目に晒されながら肩身の狭い日々を送っているそうです。
私はといえば、彼から支払われた慰謝料を元手に、少し長めの旅行に出かけました。あの日、式場で絶望に立ち尽くした私はもういません。
最悪の嘘つきから逃れられたこと、そして最後に一矢報いることができたことで、私の心は驚くほど晴れやかでした。今はただ、これからの新しい自分の人生を、自分の足でしっかりと歩いていこうと思っています。
◇ ◇ ◇
結婚している事実を隠して交際や婚約をすることは、単なる「嘘」では済まされません。それは、相手の信頼を裏切り、その後の人生や大切な時間を不当に搾取する、極めて卑劣な行為です。
そもそも嘘や身勝手な振る舞いの上に、本当の幸せは築けません。パートナーを心から尊重し、裏表なくまっすぐに向き合い続けることこそが、夫婦の絆を深め、穏やかであたたかい日常を守る道なのかもしれませんね。
【取材時期:2026年4月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。