まだ大丈夫だと思っていた私
私が40代後半だったころ、毎日は慌ただしく過ぎていました。仕事と家庭の両立に追われ、自分のことで手いっぱいだったのです。
父は高齢になってはいましたが、足腰はまだしっかりしていました。そのため私は、「まだ大丈夫だろう」と勝手に思い込んでいました。今、振り返ると、その思い込みが、父との時間を遠ざけていたのだと思います。
先延ばしにしてしまった父からの誘い
父からは時々、「たまには顔を見せてほしい」「一緒に食事でもどうだ」と連絡がありました。けれど私は、そのたびに「今度ね」「落ち着いたら行くよ」と返し、結局そのまま先延ばしにしていました。
そのときは、日々の忙しさを理由にしていました。しかし、今思うと、父はただ私と少しでも会って話したかったのかもしれません。あのとき、ほんの少しでも時間を作って会いに行っていれば――。そんな思いが、今も消えずに残っています。
突然の知らせと消えない着信履歴
そんなある日、父が倒れたという連絡を受けました。私は慌てて病院へ向かいましたが、父はすでに意識がなく、そのまま回復することはありませんでした。
ベッドに横たわる父の姿を前にしたとき、もっと話を聞けばよかった、一緒に過ごす時間をつくればよかったという思いが、一気に押し寄せてきました。言いたかったことも、聞いておきたかったことも、何一つ間に合いませんでした。
葬儀の後、父の携帯電話に残っていた私への着信履歴を見たとき、胸が締めつけられるような気持ちになりました。私はあの着信の一つひとつに、きちんと向き合えていただろうか。そう考えるたび、深い後悔に包まれます。
まとめ
この出来事があってから、「いつでも会える」「そのうち時間ができる」という考えは、決して当たり前ではないのだと痛感しました。だから今は、家族や身近な人との約束を後回しにしないよう心がけています。たとえ短い時間でも、会えるときに会う。その積み重ねしか、あの後悔を少しでも無駄にしない方法はないのだと思っています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:山田美江/50代女性・パート
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年4月)
※一部、AI生成画像を使用しています。
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