「押印する価値のある書類を持ってきなさい」
私は完成した企画書を手に、直属の上司・A田の席へ向かいました。
「確認と押印をお願いします」と頭を下げて書類を差し出したのですが、A田は中身を見ることもなく鼻で笑いました。
「押印する価値のある書類を持ってきなさい」
「まあ、中卒の君にそんな書類を作れるとは思わないがね」
そう言って、書類を机に置いたまま立ち去ってしまったのです。もともと学歴のことで冷たくあしらわれることは多かったのですが、私の提案した新商品企画の採用が決まってから、A田はさらに露骨に侮辱するような言葉を口にするようになりました。
私はその場に立ち尽くしました。企画自体はすでに社内で承認されており、次の工程へ進むためには上司の確認印が必要だったからです。
隣で様子を見ていた同僚のB子さんも、「このままで大丈夫なんでしょうか……?」と不安そうに小声で聞いてきました。しかし私は、「もう一度タイミングを見てお願いしてみるよ」と答えるしかありませんでした。
雑務扱いされた私と、止まった企画
それから数日後。A田は思い出したように私を呼び止めました。
「イベントの応援が足りないらしい。優秀な社員は忙しいから、時間がありそうな君が行ってきなさい」
その言い方からは、私を雑務担当として扱っていることがはっきり伝わってきました。本来なら企画を進めるために動くべき時期でしたが、押印は相変わらず止まったまま。私は違和感を覚えながらも、現場対応に回るしかありませんでした。
ただ、そのイベントで得たお客さまの反応は、結果的に大きな学びになりました。
「こういう商品が欲しかった」
「地域色があって面白い」
そんな声を直接聞くうちに、私はもっともっとお客さまに喜んでもらいたいと感じました。そのためには、自分が提案した新商品企画を絶対に成功させたいとさらに強く思ったのです。
役員会議で明らかになった事実
数日後、役員会議で問題が表面化しました。商品開発部長が、「承認済みの企画が進行していない」「必要書類が止まったままになっている。どういう状況なんだ?」と指摘したのです。
突然話を振られたA田は、「私は詳しく把握していません。別部署の案件では?」とどこか他人事のように答えました。
しかし商品開発部長は厳しい表情で「この企画は、君の部下が立案したものだ。書類も完成していて、上司の押印待ちだったことは確認済みだ」と言いました。
会議室の空気が一気に張り詰めました。さらに社長も、「なぜそこで止まっていた?」とA田を問いただします。A田は「行き違いがありまして……」と苦し紛れに説明していましたが、明らかに動揺していました。
経歴ではなく、仕事を見てくれた人たち
会議後、A田は私を呼び出し、「なぜもっとちゃんと報告しなかったんだ」と問いただしました。私は「押印をお願いしましたが、確認していただけませんでした」と冷静に答えました。
するとその場に、商品開発部長とB子さんがやってきました。B子さんはきっぱりと「この企画を形にするために、一番動いていたのは彼です」と言いました。さらに商品開発部長も、私が市場調査や営業先へのヒアリングを重ねながら企画を作り上げていたことを評価してくれました。
その結果、私は正式に企画の責任担当を任されることになったのです。A田は納得いかない様子で、「中卒の考えた企画なんて成功するわけない」と漏らしていましたが、商品開発部長は静かに返しました。
「必要なのは学歴じゃない。結果を出せるかどうかだ」
その言葉に、私は胸が熱くなりました。
そこからは本当に忙しい毎日でした。B子さんは販促資料の作成を担当し、私は各店舗との調整や商談を進めました。イベントで築いた関係も後押しになり、「ぜひ協力したい」と言ってくださる店舗も増えていったのです。
そして迎えた発売日。私が企画した新商品は想像以上の反響を呼び、追加発注の相談まで入るようになりました。後日開かれた役員会議では、商品開発部長が「現場を理解しているからこそ作れた商品だったと思います」と話していました。
さらに社長も、「部下の可能性を見抜けない上司は、組織にとって大きな損失になる」と厳しく指摘。その後、私は商品開発部へ異動し、数々の新企画に携わるようになりました。一方でA田は管理職を外れ、その後退職したと聞いています。
まとめ
仕事の価値は、学歴だけで決まるものではないのだと感じました。現場で積み重ねた経験や、人との信頼関係が、いつか自分を支える力になる。そう実感できた、忘れられない出来事でした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ウーマンカレンダー編集室ではアンチエイジングやダイエットなどオトナ女子の心と体の不調を解決する記事を配信中。ぜひチェックしてハッピーな毎日になりますように!