服装だけで客を判断した店長代理
ある日の午後。店に、年配の作業着姿の男性が来店しました。服には油汚れのようなものが付き、決して「高級車ディーラーのお客さま」という雰囲気ではありません。
すると店長代理のA田が、私に小声で言いました。
「適当に対応して早く帰ってもらえ。どうせ冷やかしだろ」
「金にならない貧乏人は相手するな」
当時は店舗の売り上げ改善を強く求められていました。「購入につながりそうな客を優先しろ」という空気が社内全体に広がっていたのです。しかし私は、その考え方に違和感を覚え「見た目だけで判断するのは違うと思います」と言いました。
その直後、A田は自ら男性の前へ向かい、吐き捨てるように言ったのです。
「ここは高級車を扱う店なんでね。冷やかしはご遠慮ください」
私は慌てて割って入り「申し訳ありません。こちらへどうぞ」と男性を案内しました。
男性は何も言わず、静かにこちらを見ていました。私はカタログを差し出しながら、丁寧に話を伺いました。時間がかかっても、お客さま一人ひとりときちんと向き合いたい――それが私の信念だったのです。
再来店したお客さまの本当の姿
数日後。あの男性が、今度はスーツ姿の女性とともに再び来店しました。女性は落ち着いた口調で名乗ります。
「突然失礼します。私、親会社で店舗運営に携わっております、B子と申します」
そして隣の男性について、こう説明しました。
「こちらは私の父で、グループ会長です。数年前から現場を離れていますが、時々店舗の様子を見て回っているんです」
私は思わず背筋を伸ばしました。すると会長は穏やかに笑いながら「先日はありがとう。服装だけで判断せず、きちんと接客してくれたね」と言ったのです。
さらにB子さんは「現在、新しい高級車リース事業の立ち上げを進めています。顧客満足度の高い営業担当を探していて、ぜひ一度あなたとお話ししたいと思っていました」と言いました。続けて、少しおどけた様子で「父がどうしてもあなたがいいって聞かなくて。給料も大幅アップで!」と付け加えたのです。
私は驚き、「私ですか……?」と聞き返すのが精いっぱいでした。一方でA田は、突然会長が登場したことに顔色を変えています。
私自身も、まさかあの男性が会長だったとは思いませんでした。それもそのはず。会長は数年前に経営の第一線を退いており、普段はほとんど姿を見せない人物だったからです。社内報などで名前を目にすることはあっても、顔まで知っている社員は多くありませんでした。
評価されていたこと
その後、店長も慌てて駆けつけてきました。私はすぐに返事をせず、「まずは店長に相談させてください」と伝えました。
すると会長は静かにうなずきながら、こう話したのです。
「各店舗のデータを見たところ、君はリピート率や紹介率が非常に高かった。数字だけではなく、『またあなたから買いたい』という声が多かったんだよ」
その言葉に、私は胸が熱くなりました。一方、A田は納得できない様子で反論します。
「こいつの接客は決して効率的とは言えませんよ! 買う気もない客に時間を使っていたら、売り上げなんて伸びません!」
しかし会長は厳しい表情で「それは、見た目でお客さまを選び、失礼な態度を取っていい理由にはならない」と返しました。さらに店長にも、「部下への指導体制は見直したほうがいいですね」と静かに告げました。
A田はそれ以上、何も言えなくなっていました。
その後
その後、私は新設される高級車リース事業の立ち上げメンバーとして異動することになりました。これまで現場で積み重ねてきた接客経験を評価していただけたことは、大きな自信にもなりました。
一方のA田は、接客姿勢や部下への対応について指導を受け、現場で一から学び直すことになったそうです。また店舗全体も、「効率だけではなく、お客さまとの信頼関係を重視する方針」へと少しずつ変わっていきました。
まとめ
今回の出来事で、私は改めて感じました。営業という仕事は、見た目や肩書きだけで相手を判断してしまった瞬間に、本当に大切なものを見失ってしまうのだと。
もちろん、限られた時間の中で効率を求められる場面もあります。ですが、それでも私は、お客さま一人ひとりにきちんと向き合いたいと思っています。
新しい部署でも、数字だけではなく、「この人に相談したい」と思っていただけるような仕事をしていきたいです。そして、どんな相手にも誠実に接する姿勢だけは、これからも変えずに持ち続けたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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