父が頭を下げて…!
私は高校卒業後、地元を離れ、海辺の町の寿司屋で修業していました。観光客向けの派手な店ではありませんでしたが、魚にうるさい地元の人たちから長年愛されている店です。
寿司職人の世界は男性が中心で、「女に寿司なんて無理だ」と言われることもありました。それでも店主だけは、「うまい寿司に男も女も関係ない」と、私を一人の寿司職人として扱ってくれたのです。
そんな私のもとへ、ある日突然、父がやってきました。
「頼む、戻って来てくれ。このままじゃ店が潰れる」――これまで弱音など吐いたことのなかった父が、わざわざ遠方まで来て頭を下げたことに、私は驚きを隠せませんでした。
よほど大変な状況なのだと思い、私は悩んだ末、お世話になった店を辞めて実家へ戻る決意をしたのです。
久しぶりの実家の様子は?
久しぶりに戻った実家の店は、以前よりさらに活気を失っていました。祖父のころの常連客も減り、店内はどこか暗い雰囲気。
私は、祖父が守ってきた店をなくしたくない――その思いから、店の再建に全力を尽くすことを決めました。
そこで、恋人で税理士をしているB也にも相談。するとB也は、「一緒に立て直そう」と、すぐに協力を申し出てくれました。私はメニューの見直しや仕入れ、SNS運用などを担当。B也は帳簿管理や原価計算など、経営面を支えてくれました。
仕入れ先も新たに開拓し、少しずつ漁師さんとのつながりを増やしながら、魚の質も改善していきました。すると次第に、「最近またおいしくなったね」と常連客が戻り始めたのです。
店を立て直した途端…
1年ほど経ったころには、店は以前の活気を取り戻しつつありました。
ところがある日の閉店後、父が当たり前のようにこう言ったのです。
「そろそろ店をA男に任せても大丈夫そうだな」――私は耳を疑いました。
「じゃあ、ここまで立て直した私は?」と聞くと、父は当然のように「お前は女だろ。寿司屋を任せるわけにはいかない」と言ったのです。さらに兄まで、「女が前に出すぎると店の格が下がる」と笑っていました。
私はもともと店を継ぎたくて戻ったわけではありません。ただ、祖父が守ってきた店をなくしたくなくて、必死に立て直してきたのです。だからといって、まるで私の頑張りなど最初からなかったかのような父と兄の発言は、許せるものではありませんでした。
怒りが込み上げた私は、「もう店を辞める」と伝えました。すると父は、呆れたように「何怒ってるんだ?女なんだから、そのうち結婚するだろ。寿司なんか握ってないで、女将でもやってればいい」と返したのです。
さらに最後には、「あ、B也くんには引き続きよろしくって伝えといてくれ」と軽く言い放ちました。その瞬間、私の気持ちは完全に切れてしまったのです。
独立を決意!
店を出たあと、私はB也にすべてを話しました。するとB也は、「人を何だと思ってるんだよ!」と私以上に怒ってくれました。
そして少し黙ったあと、「実は、前から考えてたことがあるんだ」と続けました。B也は、海外で和食店を経営している知人から、最近“女性の寿司職人”の話を聞いたそうです。
「海外だと、男女関係なく、ちゃんと技術で評価されることも多いらしい。君にぴったりだと思ったんだ」
さらにB也は、まっすぐ私を見ながらこう続けました。
「君なら、もっと自由に寿司を握れる場所がある。僕も支えるから、一緒にやってみない?」――その言葉に、私は救われた気がしました。
その後、私は実家の店から完全に手を引きました。B也もまた、店の経営サポートを辞めることに。すると実家の店は、再び経営が不安定になっていったそうです。常連客も少しずつ離れ、ようやく戻りかけた活気も失っていったと聞いています。
一方、私は小さな寿司屋をオープン。修業時代のつながりや、お客様たちに支えられながら、少しずつ前へ進んでいます。今は、海外出店にも挑戦できるよう、B也と一緒に準備を進めているところです。
家族だからといって、価値観まで同じとは限りません。それでも私は、自分の努力や技術を正当に認めてくれる場所で、これからも寿司を握り続けたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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