家族として向き合おうとした日々
夫と結婚した当時、A男はまだ高校生でした。私は「血のつながりがなくても、家族としてきちんと向き合っていこう」と考え、家業を手伝いながら生活面でも支えてきたつもりです。
ですがA男は、最初から私に強い反発心を抱いていました。夜遅くまで帰宅しないことや進路について声をかけても、「他人に口出しされたくない」「オバサンには関係ないだろ」と突き放されるばかり。夫に相談しても、「そのうち落ち着くよ」と真剣に向き合ってはくれませんでした。
その一方で会社では、「家族なんだから助け合って当然だろ」と言われ、私は経理や事務だけでなく、取引先対応や社員の相談まで担うようになっていきました。
気付けば、家庭でも会社でも私ばかりが負担を抱え込み、休む暇もありませんでした。それでも私は、「いつかわかり合えるかもしれない」と自分に言い聞かせながら耐え続けていたのです。
ですが、ある日。
「オバサンさえいなければな」
「本当に消えてくれない?」
A男に笑いながらそう言われた瞬間、私の中で何かが切れてしまいました。
私は静かに、「……わかったわ。もう出ていく」と告げ、その家を離れる決意をしました。
私が去った後に起きたこと
私が家を出てから数カ月後、夫の会社は急激に混乱し始めました。というのも、私は経理や取引先対応、社員管理など、会社運営の実務を幅広く担っていたのです。
もちろん私ひとりで会社が成り立っていたわけではありません。ですが、積み重ねてきた業務の負担は想像以上に大きかったようで、現場は徐々に回らなくなっていきました。さらに夫は、これまで仕事を私に任せきりにしていたこともあり、社内の状況を十分に把握できていなかったのです。
家の中でも夫の疲れた様子が目立つようになり、そのころになってようやく、A男も現実の厳しさを感じたのかもしれません。ある日、夫とA男が私のもとを訪ねてきました。「今まで悪かった。戻ってきてくれないか」と言う夫。そしてA男も、
「オバサンなんて言ってごめん」
「ちゃんと謝るから……」
と頭を下げました。
ですが、私はすぐに首を縦には振れませんでした。なぜなら、2人は私に暴言を浴びせていただけではなく、周囲に「口うるさい継母だ」「会社を勝手に仕切っている」などと話していたことも耳に入っていたからです。
私は長い間、「家族だから」と我慢し続けてきました。ですが、その関係は、すでに修復できる段階を越えていたのだと思います。
自分の人生を取り戻して
私は夫にもA男にも、「もう以前の関係には戻れない」と伝え、正式に離婚しました。
「私はあなたたちのために時間も仕事も使ってきた。でも、それを当たり前のように扱われ続けたの」
「これ以上、自分を犠牲にするつもりはないわ」
そう話したとき、不思議と気持ちは落ち着いていました。
その後、夫の会社は経営難に陥り、事業を縮小することになったそうです。一方で私は、これまで培ってきた経験を生かし、知人のサポートを受けながら新たな仕事を始めました。
つらい経験ではありましたが、自分の力で人生を立て直したことで、ようやく「自分自身のために生きていい」と思えるようになった気がしています。
もちろん、家族として向き合おうとすることは大切です。でも、一方的に傷つけられながら耐え続けることとは違うのだと、今は感じています。あのとき家を出る決断をしたからこそ、私はようやく、自分の人生を取り戻せたのかもしれません。
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家族として向き合おうと努力し続けていた主人公。しかし、「家族だから」という言葉のもとで、家庭でも仕事でも負担を抱え込み、感謝されるどころか傷つけられてしまいました。だからこそ、自分を守るために離れる決断をした姿が印象的です。我慢を続けるだけが家族愛ではない――そう考えさせられるエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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