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「家族に縛られるの無理」双子出産後に逃げた夫→15年後に再会。成長した娘たちの言葉で顔面蒼白に!

29歳のとき、双子の女の子を出産した私。当時は結婚して3年。待望の妊娠がわかったとき、夫も最初は喜んでくれていました。名前を考えたり、ベビー用品を一緒に見に行ったりしていたので、私も「きっと協力して子育てしていける」と信じていました。

しかし、出産が近づくにつれ、夫の態度は少しずつ変わっていったのです……。

ある日、産後の生活について話し合っていたときのこと。

 

さも当然のように、「出産したあとも、俺の食事とか洗濯とかはちゃんとしてくれるよね?」と言った夫に、私は耳を疑いました。

 

双子出産後の生活がどれほど大変なのか、私は何度も説明していたからです。

 

「産後すぐは無理だと思う。自分のことは自分でやってほしいし、難しいならお義母さんやお義父さんに少し頼ろうよ」

 

そう伝えると、露骨に不機嫌になった夫。

 

「子どもを産んだら、急に偉くなるんだな」

 

そう吐き捨てられ、私は強い不安に襲われたのを今でも覚えています。

 

出産しても病院に来なかった夫

そのまま気まずい空気が続く中、私は出産の日を迎えました。

 

予定より早い出産になり、体力的にもかなり厳しい状態でしたが、無事に双子を出産。すぐに夫へ連絡しました。

 

しかし、返ってきたのはたった一言だけ。

 

「了解」

 

代わりに駆けつけてくれたのは義両親です。初孫を抱いた義両親は涙を流して喜んでくれましたし、退院の日も仕事を調整して迎えに来てくれました。

 

私はそのやさしさに救われる思いでした。

 

そして結局、夫は入院中、一度も病院へ来なかったのです。

 

 

荒れ放題の家の中でゲームをする夫

義両親と生まれたばかりの双子とともに、自宅へ戻ったときのこと――。

 

部屋にはコンビニのゴミや脱ぎっぱなしの服が散乱。シンクには洗っていない食器が積み上がり、赤ちゃんたちを迎える環境とは到底言えませんでした。

 

そして当の夫は、そんな状態にもかかわらず、ソファに寝転がってゲームをしていたのです。

 

義父が思わず声を荒らげました。

 

「自分の子どもが生まれたのに、病院にも行かず何をしてるんだ!」

 

すると夫は逆ギレしたのです。

 

「ここは俺の家なんだから口出しするな! 帰ってくれ!」

 

義母も必死に説得してくれましたが、夫は聞く耳を持ちません。私は、生まれたばかりの娘たちを抱きながら、ただただ涙をこらえることしかできませんでした。

 

 

自由を求めた夫の離婚宣言

その後も育児に非協力的で、手伝おうとすらしなかった夫。

 

夜泣きで眠れない私に向かって、「昼間ずっと家にいるんだから休めるだろ」と言ったこともあります。

 

さらに、「入院中はのんびりしてただけなんだから、その分ちゃんと家のことやれよ」とまで言われました。

 

しかし、私は離婚を考える余裕すらありませんでした。双子育児は想像以上に過酷で、毎日、生きることに必死だったのです。

 

そんなある日、夫が突然、離婚届を差し出してきました。

 

「もう無理だ。俺は自由に生きたい」

「家族に縛られる生活なんて、俺には耐えられない」

 

そう言い残し、荷物をまとめて家を出ていったのです。あまりにも突然で、私はしばらく状況を理解できませんでした。

 

義両親に支えられた15年間

我に返った私は、すぐ義両親へ連絡。

 

義両親は深く頭を下げ、「本当に申し訳ない」「私たちにできることは全部するから」と言ってくれました。

 

その後、義両親が間に入って話し合いをおこない、夫とは離婚が成立。養育費についても取り決めをしましたが、元夫から支払いがあったのは最初だけでした。ついに連絡も途絶え、最終的には元義両親が生活面や金銭面を支えてくれたのです。

 

私は働きながら、周囲に助けられて娘たちを育てました。近所の人たちも本当にあたたかく、娘たちはたくさんの人に見守られながら成長していったのです。

 

そして気づけば、双子は15歳になっていました。

 

 

自分勝手な行動の代償

娘たちの15歳の誕生日――。

 

元義両親とともに娘たちをお祝いしていると、インターホンが鳴りました。玄関を開けると、そこには元夫が……。

 

元夫はニヤニヤしながら娘たちを見て、「大きくなったなぁ。ほら、パパのところにおいで」と言いました。

 

その場の空気が凍りつきました。

 

元義両親も言葉を失っていましたが、最初に口を開いたのは娘たちでした。

 

「……あの、どちら様ですか?」

 

その冷静な言葉に、顔を引きつらせた元夫。私ですら一瞬誰だかわからなかったので、乳児期に会ったきりの娘たちはなおさらです。それなのに、元夫はひどくショックを受けているようでした。

 

娘たちに物心がついたころ、父親について聞かれたことがあります。私は正直に事実のみを伝えました。感情的に悪口を吹き込んだことはありません。しかし、娘たちにも思うところがあったのでしょう。

 

「お母さんに払うはずだった養育費、おじいちゃんたちが代わりに支払ってくれてたんだよね?」

 

「もしあなたが私たちのお父さんなら、ちゃんと返したほうがいいと思います」

 

元夫は何も言い返せず、そのままわが家を去っていきました。

 

後日、元義両親から聞いた話では、元夫は離婚してから仕事も長続きせず、生活に困った末に実家に戻るため、あの日私たちの前に現れたようです。

 

しかし、15年間何もしてこなかった人を、娘たちが父親として受け入れることはありませんでした。

 

元義両親は元夫を厳しく叱責し、立て替えていた養育費についても返済を求めたそう。現在、元夫は昼夜働きながら生活していると聞きました。

 

生まれたばかりの双子を残して、「自由になりたい」と家族を捨てた結果です。

 

かつて元夫に対して負の感情を抱いたこともありますが、今の私はもう、元夫を恨んではいません。

 

あの15年間があったからこそ、娘たちが人の痛みがわかるやさしい子に育ってくれたのだと思っています。これからも、支えてくれた元義両親や周りの方々への感謝を忘れず、娘たちの成長を見守っていきたいです。

 

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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