自分たちだけで決めた日取り
式の1年前、僕と彼女は2人だけで式場と日取りを決めました。両家の親への報告は後回し。結納もしないことにしました。自分たちの結婚なのだから自分たちで決めればいい、という気持ちが強かったのです。
選んだのは3月の仏滅の土曜日。理由は、翌日を気にせず友人たちに楽しんでもらえることと、費用を抑えられることでした。若かった僕たちには、それで十分だと思えたのです。
親に口を出されるのは嫌だと思う一方で、心のどこかでは少し援助も期待している。そんな矛盾を、僕たちは子どもっぽい自立心で押し隠していました。末っ子同士で育った僕たちは、自分では気づかないうちに、どこかで親に甘えていたのだと思います。
義父のこだわり
数カ月後、結婚式の内容について細かい部分を詰める時期に入ったころ、義父が初めて希望を口にしました。料理のグレードを上げてほしい、と言うのです。
正直、そのときの僕は余計なお世話だと思ってしまいました。せっかく費用を抑えているのに、なぜそこに手をかけるのか。仏滅の日取りについては何も言わずに受け入れてくれた義父でしたが、料理についてだけはどうしても譲れない様子でした。
しかも、彼女もいつの間にか義父の意見に賛成していました。資金面で助けてもらうことになり、感謝の気持ちが強くなっていたのかもしれません。費用は義父が持つと言うので、僕は内心では納得しきれないまま、うなずきました。
品数が増えて、質も上がる。ただそれだけのことだと、そのときは軽く考えていました。
料理に込められていた意味とは
式当日、参列してくれた人たちは、僕たちのために笑い、緊張しながらスピーチをし、余興の準備までしてくれていました。親戚も友人も、それぞれが僕たちの門出を祝おうとしてくれていたのです。
両家の親がその様子を穏やかに見守っている姿を見たとき、僕はふと気づきました。僕たちは、自分たちだけの力で大人になれたわけではないのだと。偉そうに「自分たちで決める」と言っていたけれど、実際には、ずっと誰かに支えられながら好き勝手を言っていただけだったのかもしれません。
そして義父がこだわった料理は、僕たちを祝ってくれる人たちへの感謝の気持ちだったのだとわかりました。応援してくれている人たちに、「ありがとう」と「これからもよろしくお願いします」を伝えるためのものだったのです。当時の僕には、そんな発想がまったくありませんでした。
なんだか、負けたような気がしました。けれどそれ以上に、義父のことを格好いいと思いました。支えてもらっていることに気づくことも、感謝を形にすることも、年齢だけ大人になっていた僕には、まだできていなかったのです。
結婚とは、2人だけのものではないのかもしれません。それまで育ててくれた人たちへの感謝と、これからもよろしくお願いしますという気持ちを伝える場でもあるのだと、このとき初めて理解しました。
式は、みんなの笑顔に包まれて無事に終わりました。その日が義父の誕生日だったことを知ったのは、だいぶ後のことです。仏滅の日取りでも反対しなかった理由に、自分の誕生日という小さな楽しみもあったのかもしれない。そう思うと、少し義父を近くに感じました。
格好いいけれど、どこかかわいらしい。僕もいつか、そんな大人になれたらいいなと思っています。
著者:森川恒一/50代男性・関東在住。教育関連の仕事に長く携わり、文章指導や作文指導にもかかわってきた。趣味は写真撮影と文章を書くこと。
イラスト:にしこ
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年3月)
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