ある日、私は仕事帰りの夫に、大人用のおむつの買い足しを頼みました。毎日使うものなので、特売になっていたその日に買っておきたかったのです。けれど、返ってきたのは「ごめん、今日も遅くなる」というそっけない返事でした。
夫は新しいプロジェクトに選ばれたと言い、終電帰りや休日出勤が増えていくばかり……。仕事なら仕方がないと自分に言い聞かせながらも、夫が義母の部屋をのぞく時間が減っていくのを悲しく思っていました。
義母も口には出さないものの、朝の短い挨拶だけで済ませる夫のことを、どこか寂しそうに見ていたのです。
積み重なる不安と、小さな期待
数週間後、義母が熱を出しました。受診したところ、熱が下がらなければ入院も考えたほうがよいと言われ、私は一晩中、義母の様子を見守りました。高齢で体力も落ちていたため、少しの体調悪化でも油断できません。
その夜も夫は帰ってきませんでした。電話では申し訳なさそうにしていましたが、一瞬でも顔を見せることはなかったのです。
そんな中、クローゼットでブランド品の紙袋を見つけました。もうすぐ私の誕生日だったので、夫が珍しく覚えていてくれたのだと思い、少しだけ心が軽くなりました。
けれど、その期待は後に、もっとも残酷な形で裏切られることになります。
誕生日の朝、置かれていた離婚届
私の誕生日の朝、夫の荷物の一部が消え、テーブルには記入済みの離婚届が置かれていました。頭が真っ白になったまま夫に連絡すると、夫は「本当に好きな人がいる。離婚してほしい」と言いました。
相手は会社の部下で、1年ほど関係が続いていたそうです。遅い帰宅も休日出勤も、すべて仕事ではありませんでした。義母が熱で苦しんでいた日も、夫はその人と過ごしていたのです。クローゼットにあった紙袋は、おそらく不倫相手に渡すものだったのでしょう。
さらに、残されていた通帳を確認すると、貯金の半分がすでに引き出されていました。話し合いもないままお金を持ち出され、介護が必要な義母を残された状況は、大きなショックでした。今すぐ介護体制と生活費をどうするか確認しなければ、義母の生活も私の暮らしも崩れてしまいます。
それでも夫は、自分には新しい生活があると言い、義母については「母のことは、このまま頼む」と当然のように言い放ったのです。
私が引いた、最後の線
夫の言葉を聞いた瞬間、悲しみより先に、呆れる気持ちでいっぱいでした。
離婚すれば、義母とは家族ではなくなります。それでも、これまで一緒に過ごしてきた時間や、義母への情を思うと、すぐに背を向けることはできませんでした。夫は妻である私だけでなく、自分の母親まで置いていこうとしている——それを、ようやくはっきり理解したのです。
私はその場で離婚届に判を押すことはせず、通話内容やメッセージ、預金の動きなど、夫の言動をすべて記録し、すぐに専門家へ相談しました。あわせて、義母の介護についても関係先に連絡し、今後の体制を整理することにしたのです。
夫には、手続きが終わるまで連絡を絶たないこと、財産や慰謝料については話し合いが必要なことを伝えました。
早く離婚して面倒な話し合いを避けたがっている様子の夫に対し、私は電話越しにはっきりと告げたのです。「最後まで責任を全うしてください!」介護も生活も、夫の都合で一方的に押し付けられるものではありません。
すべてを失ってからの連絡
離婚に向けた話し合いは、決して簡単ではありませんでした。結局夫は途中から連絡を取りづらくなり、私ひとりが対応に追われることも少なくありません。それでも、義母は自分の体調が悪い中で私を気遣い、力を貸してくれることもありました。
しかしその後、義母の容態は悪化し、夫に連絡も取れないまま静かに息を引き取りました。家についても、義母の遺言書に基づき専門家が手続きを進め、実家は売却されることになったのです。
その5カ月後、見知らぬ番号から着信がありました。相手は夫です。実家の前にいると言う夫は、「家がないんだけど……」と動揺していました。
義母が亡くなったこと、家の整理が済んだことを伝えると、夫は絶句……。しかし、すぐに「不倫相手と別れたからやり直したい」と身勝手なことを言い出したのです。
私は動じませんでした。「離婚の手続き、よろしくお願いしますね!」そう伝えて、連絡を終えました。
今、私が思うこと
その後も夫から何度か連絡がありましたが、必要な手続き以外は専門家を通すことにし、個人的なやり取りは断ちました。
義母の介護をしていた日々は、体力的にも精神的にも本当に大変でした。それでも、義母が最後まで私に感謝の言葉をかけてくれたことは、今も心に残っています。
夫には恵まれなかったのかもしれません。けれど、義母と過ごした時間まで否定したくはありません。私は少しずつ日常を取り戻し、これからは自分の人生を自分のために進めていこうと思っています。
◇ ◇ ◇
介護や家族の支え合いは、本来ひとりに背負わせるものではありません。思いやりから始めたことでも、誰かの都合で一方的に押し付けられれば、心も体も限界を迎えてしまいます。
また、そばで支えてくれる人の存在は、失って初めてその大きさに気付くことがあります。けれど、大切なものを自分の身勝手さで手放してから後悔しても、取り返せるとは限りません。都合よく戻れる場所があると思い込んでいた夫にとって、その現実は重いものだったのではないでしょうか。
今そばにいてくれる人の思いやりを当たり前にせず、日ごろから感謝や誠実さを忘れずにいたいですね。
【取材時期:2026年4月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。