その女性は兄の妻、つまり私にとっての義姉でした。
私は兄と何年も連絡を取っておらず、結婚したことすら知りませんでした。義姉も最近になって私の存在を知ったそうで、「どうしても話したいことがある」と言います。
そして涙ながらに語られた内容に、私は言葉を失いました。
突然訪ねてきた義姉からの訴え
義姉は、兄と結婚した直後から両親との同居を始めたそうです。ところが同居を始めてから、両親には介護が必要だと知らされました。義姉は家族のためと思い、仕事を辞めて介護や家事に専念していたそう。
そんな生活を続ける中で、私の存在を知った義姉。実家に残されていた古い手紙の中に、私が昔送ったものを見つけ、そこに書かれていた住所を頼りにいろいろな伝手をたどって調べ、わざわざ私のもとへやってきたのです。
「どうして介護を全部私ひとりに押しつけたんですか?」
そう言って涙を流す義姉。
「実の娘なのに実家にも帰らないなんてひどい」
「親を見捨てるなんて最低。あなたも介護しなさいよ」
そう責められましたが、私には何のことかわかりませんでした。なぜなら、義姉が介護しているという人たちは、私にとって親と呼べる存在ではなかったからです。
私にとっての実家
私が3歳のころ、両親は離婚。私は母に引き取られ、その後、母は再婚しました。
再婚相手には当時8歳の息子がいて、それが兄でした。私は幼かったこともあり、新しい家族ができることを喜んでいました。しかし、その生活はすぐに苦しいものへと変わっていったのです。
母の前ではやさしい人だった継父。ところが母がいないところでは、「俺はお前の父親じゃない」「余計な金がかかる」などと暴言を吐いていました。
そして兄もまた、私への嫌がらせを繰り返すようになったのです。
兄は両親の前では優等生でした。しかし裏では私を陥れることばかりしていました。
ある日、兄が大切にしているおもちゃが壊れたと騒ぎになりました。兄は両親に、「妹が勝手に触って壊した」と話したのです。実際には、兄自身がおもちゃを壊していたのに……。
私が否定しようとしても、「いいんだよ。怒らないであげて」と兄が私をかばうふりをして話を終わらせてしまいました。
そんなことが何度も続き、家で何か問題が起きるたびに疑われるのは私。割れた食器も、なくなったお金も、すべて私のせいにされていったのです。
一方で兄は、勉強も運動も得意な優等生。私は徐々に家の中で孤立していきました。
ようやくつかんだ自由
1日でも早く家を出たいと思っていた私。高校卒業後は寮付きの工場へ就職し、実家を離れました。
そして20歳を過ぎたころ、母が亡くなりました。継父や兄から守ってくれたわけではありませんが、私にとって唯一の肉親だった母を失い、大きな喪失感を抱えながら葬儀を終えました。
すると兄から呼び出され、こう言われたのです。
「もうお前は家族じゃない」
「困っても連絡してくるな」
「父さんにも俺にも二度と関わるな」
突然の言葉に、私は反論する気力もなく、ただうなずいてその場を去りました。
それ以降、兄とも継父とも連絡を取ることはありませんでした。後に継父が再婚したという話だけを風の噂で聞いた程度です。
兄たちの本性
私は義姉に事情を説明しました。
義姉が「お義父さん」と呼んでいる人は、私を長年苦しめた継父です。そして「お義母さん」と呼んでいる女性は、母が亡くなった後に継父が再婚した相手であり、私は会ったこともありません。
さらに、私は母の葬儀のときに、兄から一方的に絶縁を告げられていました。長年連絡もなく、家族関係は完全に途絶えていたのです。
そのため私は介護を放棄したのではなく、そもそも介護の話すら知らされていませんでした。
私の話を聞いた義姉は顔面蒼白になっていました。
兄嫁の知る兄は、家族思いで真面目な人だそう。
「介護を押しつけるつもりはなかった」
「仕事が忙しくなってしまったんだ」
そう兄から涙ながらに説明され、介護を頼み込まれたそうです。
しかし、私が知る兄はまったくの別人。
昔からギャンブル好きで、お金にだらしない人でした。高校時代には私のアルバイト代を勝手に持ち出されたこともあります。女性関係も派手で、いつも恋人とのトラブルが絶えませんでした。
結局、義姉は半信半疑のまま帰宅。念のため連絡先を交換しておきました。
それから2週間後――。
義姉から連絡が入りました。義姉は兄の言葉と私の言葉、どちらが本当なのか思い悩み、真実を確かめるために興信所に調査を依頼したそう。そして、その調査結果を私に明かしてくれたのです。
介護が必要だと言われていた継父とその妻は、日常生活に大きな支障はありませんでした。義姉がいない時間にはパチンコ店へ出かける姿も確認されていたそうです。義姉はただ、身の回りの世話や家事を押しつけられていただけなのでした。
さらに兄には、複数の女性との交際が発覚。義姉が継父たちの世話や家事に追われている間、兄は別の女性と会っていたのです。
義姉は長い間、自分だけが犠牲になっていた事実を知ったのです。
電話の向こうの義姉の声は弱々しく、深く傷ついていることがうかがえました。それと同時に、私自身も過去のことを思い出し、怒りがこみ上げてきました。
そして、私は義姉に「一緒に真実を白日の下にさらしましょう」と持ち掛けたのです。
それぞれが選んだ人生
後日、義姉とともに継父の家を訪れた私。義姉は継父とその妻、そして兄をあらかじめ呼び出していました。
私がいることに驚く面々。全員がそろったところで、私たちは調査資料を取り出しました。
介護が必要だと言いながら、パチンコ店へ通う継父とその妻の姿。そして兄と交際相手との写真。
次々と証拠が示されました。兄も継父たちも、もはや言い逃れはできないようでした。
その後、義姉と兄は離婚。義姉への慰謝料の支払いにより、兄は苦しい生活を送ることになったそうです。
一方で義姉は退職していた職場へ復帰し、新たな人生を歩み始めました。そして私も、相変わらず夫と娘と穏やかな日々を送っています。
義姉とは親族ではなくなりましたが、苦しい経験を共有した者同士として交流が続いています。今では気軽に連絡を取り合う大切な友人になりました。
◇ ◇ ◇
人の善意に甘え、自分だけが楽をしようとすると、いつかその代償を支払うことになります。
今回は、兄や継父たちが都合のいい嘘を重ねていました。しかし真実は隠し続けられるものではありません。義姉が勇気を出して行動したことで、長年見過ごされてきた問題が明るみに出たのでした。
家族だからといって、一方的な犠牲を強いる関係が許されるわけではありません。お互いを思いやり、誠実に向き合うことの大切さを改めて考えさせられるエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。