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私「退職する」夫「じゃあ離婚ね」体調不良で退職する私に離婚宣言→家事育児を放棄した夫が最後に迎えた哀れな結末

共働きでいることを望んでいた夫と結婚し、子どもにも恵まれた私たち。けれど、家事も育児もほとんど私任せのまま、夫は仕事を続けることだけを求めてきました。体調を崩して働き方を見直そうとしたとき、夫が放ったのは「契約違反」という信じられない言葉だったのです。

 

言い訳するな!

当時、夫と私は共働きで、幼い息子を育てていました。

 

義母名義の敷地内にある離れを借り、母屋に住む義母には、どうしても都合がつかない日に保育園のお迎えをお願いすることもありました。義母は孫をかわいがってくれていましたが、夫婦の生活に細かく口を出す人ではありません。

 

問題は夫でした。

 

夫は仕事から帰ると、家事や育児を「私の役目」のように扱いました。息子が夜泣きをしても、夫は「明日仕事だから」と別室へ行きます。休日も、自分から遊び相手になることはほとんどありません。

 

私も働いている以上、家のことを全部完璧にこなせるわけではありません。それでも、食事の準備、洗濯、保育園の連絡帳、通院、寝かしつけまで、気づけばほとんど私が担っていました。

 

ある朝、頭痛と吐き気がひどくなり、私は夫に「今日は早退して病院へ行く」と連絡しました。

 

返ってきたのは心配の言葉ではありません。

 

「さぼんなよ」
「俺だってしんどくても毎日働いてるよ?」

 

体調が悪く、長い返信を打つ力もありませんでした。それでも、この日は私が保育園へ迎えに行く予定で、義母には頼んでいませんでした。私は夫に、仕事の帰りに息子を迎えに行ってほしいと伝えました。

 

夫は、義母の家が近いのだから頼めばいいと言い、息子のことより夕食の心配をしていました。私が「今日は買ってきたもので済ませてほしい」と頼むと、不機嫌そうに「高い店で食べてくる」とだけ返してきました。

 

家族が体調を崩しているときまで、自分の食事と機嫌を優先する夫に、私は少しずつ疲れ切っていました。

 

 

共働きが結婚の条件?

数週間後、再び強いめまいに襲われ、私は職場の上司に勧められて受診しました。

 

検査で大きな異常は見つかりませんでした。ただ、医師からは、睡眠不足や過労が重なっている可能性があるため、しばらく休養を取るよう言われました。

 

上司に相談すると、時短勤務や休職という選択肢も示してくれました。けれど、夫は収入が減ることを嫌がり、家事や育児を引き受ける気もない様子です。

 

私は何度も考えた末、今の働き方を続けるのは難しいと判断しました。まずは体調を立て直し、息子の生活を整えてから次の仕事を探そうと決めたのです。

 

夫に退職の意思を伝えると、返ってきたのは短い言葉でした。

 

「じゃあ離婚ね」

 

私は思わず、息子はまだ小さいのだと伝えました。

 

すると夫は、当たり前のように言ったのです。

 

「共働きが結婚の条件だろ」
「契約違反したお前が悪い」

 

結婚前、夫が「子どもが生まれても共働きを続けたい」と希望していたのは事実です。私も、できる範囲で働き続けたいと答えていました。でも、それは体調を崩しても、育児を一人で抱えても、絶対に辞めてはいけないという約束ではありません。

 

私が「少しでも家のことを手伝ってくれていたら、ここまで追い詰められなかったかもしれない」と伝えると、夫はさらに怒りました。

 

「お前が働いた分を生活費に入れれば、俺の給料は好きに使えるだろ」

 

その瞬間、夫が共働きにこだわっていた理由がわかりました。

 

私の収入は、食費や保育料、日用品、子どもの衣類など、毎月の生活に必要な支出へ消えていました。一方で夫は、家賃や光熱費を担当しているとはいえ、残った給料を自分のために使いたかったのです。

 

私や息子の生活を守るためではなく、自分が自由にお金を使うために、私へ働き続けることを求めていたのだと思うと、怒りより悲しさが勝りました。

 

 

義母に相談した結果

夫から「家を出ていけ」と言われたあと、私は義母に相談しました。

 

義母は最初、夫から「妻が仕事を辞める」とだけ聞いていたようです。しかも私がラクをしたくて退職するかのように。義母も私が保育園のお迎えを頼むことがあったのは知っていましたが、夫がここまで家事や育児に関わっていなかったことまでは知らなかったようです。


私が夫とのメッセージや、育児の連絡、通院、寝かしつけ、家事のほとんどを私が担っていた状況を伝えると、義母は表情を曇らせました。

 

義母は夫に連絡し、私たちの前で話をすることになりました。

 

夫は「妻が共働きの約束を破った」と繰り返しましたが、義母は静かに言いました。

 

「共働きを望むことと、妻を一人で追い詰めることは別でしょう」

 

そして、夫が家事も育児もほとんど担わず、妻が体調を崩しても責めていたことを知り、厳しい表情になりました。

 

「子どもの親である以上、生活も育児も妻だけに押しつけていいわけではない」
「あなたは自分の都合だけで、妻と子どもを家から出そうとしているの?」

 

夫は反論しようとしましたが、義母は聞きませんでした。

 

この家と離れは義母の持ち物です。義母は、私と息子には一時的に母屋で過ごすよう言い、夫にはしばらく別の場所で生活を整えるよう求めました。

 

夫は「母さんは妻の味方をするのか」と怒っていましたが、義母は「誰かの味方をしているのではなく、間違っていることを間違っていると言っているだけ」と答えました。

その日のうちに、夫は必要な荷物を持って出ていきました。私は義母に感謝しながらも、離婚後まで義母の家に頼り続けるわけにはいかないと考え、実家に相談することにしました。

 

夫が失ったもの

別居後、夫からは「もう一度やり直したい」「今度は家事も育児もやる」と連絡が来るようになりました。けれど、夫がそう言い出したのは、義母名義の家を出て、自分で家賃や生活費を負担するようになってからです。食事も洗濯も、息子の世話もない生活のはずなのに、夫は「一人だと意外と大変だ」とこぼしていました。

 

その言葉を聞いたとき、私は夫が私のつらさを理解したのではなく、自分が不便になったから戻りたがっているのだと感じました。

 

私は相談窓口を利用しながら、親権や養育費、面会交流、財産分与について整理を進めました。夫とは必要なことを記録が残る形でやり取りし、何度か話し合いを重ねた末に協議離婚しました。

 

離婚が成立したあと、私は息子を連れて実家に身を寄せました。両親には事情を話し、しばらく生活を立て直すまで助けてもらうことになったのです。

 

 

離婚後、義母とは家が離れましたが、今でも息子のことは気にかけてくれています。夫の行動を許したわけではありません。ただ、孫まで大人の事情に巻き込むべきではないと考えてくれているようでした。

 

私はしばらく体を休めたあと、前の上司の紹介で、時短勤務の仕事を始めました。実家に身を寄せていることもあって、以前のように無理を重ねず、息子との時間を確保しながら少しずつ生活を立て直せています。

 

夫と離れたことで、すぐにすべてがラクになったわけではありません。

 

それでも、体調が悪い日に責められないこと。息子が泣いたとき、誰かの顔色をうかがわず抱きしめられること。そんな当たり前の日々が、今はとても大切です。これからは、息子を守るためにも、自分自身を後回しにしない暮らしを選んでいきたいと思っています。

 

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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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