帰らない夫
夫の外泊が続くようになってから、私は何度も理由を尋ねました。
けれど夫は、仕事が忙しい、付き合いがある、今は話したくないと答えるだけ。家ではスマートフォンを伏せ、少しでも聞こうものなら「疑ってるのか」と不機嫌になります。
結婚記念日の日も同じでした。
牡蠣が好きな夫のために、私は取り寄せた牡蠣で鍋を準備していました。久しぶりにゆっくり話せたらと思い、早く帰れそうかと聞くと、夫は帰ると約束してくれました。
けれど、その夜も夫は帰ってきません。
翌朝、夫は仕事だったと言い訳しました。しかし、その日を境に、私の中の違和感は消えなくなりました。
感情のまま問い詰める前に、私は家計の記録を整理することにしました。共有口座から出ていくお金、私が負担していた食費や日用品、保険料、夫に頼まれて立て替えた支出。夫は家賃などの固定費を担当していたものの、日々の生活に必要なお金も、私の収入から出ていました。
法律相談を利用すると、夫の行動に不審な点があるなら、まず事実を確認し、必要な記録を残すよう勧められました。私は調査会社にも相談し、無理のない範囲で夫の行動を確認することに。
夫の裏切り
調査の結果、夫は同じ会社の女性と繰り返し会っていました。
食事だけではありません。ホテルへ出入りする様子も記録されていました。
報告書を受け取ったとき、怒りより先に力が抜けました。夫が帰らなかった夜も、結婚記念日の夜も、夫はその女性と過ごしていたのです。
私はすぐに夫へ切り出さず、不倫の証拠や家計の記録、夫とのメッセージを整理しました。今後について改めて相談したうえで、夫と向き合うことにしたのです。
数日後、私は夫に話したいことがあると伝えました。夫は面倒そうに笑いましたが、女性の名前と調査で確認した内容を出すと、表情が変わりました。
最初は、人の行動を調べるなんて気持ち悪いと私を責める夫。しかし、証拠があるとわかると、今度は「もう終わったことだろ」と開き直ります。
結婚記念日の夜も女性と会っていたと伝えると、一度は小さく謝りました。それでもすぐに、記念日くらいで騒ぐな、だから面倒なんだと責任を私へ向けてきたのです。
夫は、不倫の理由まで私に押しつけました。家にいる時間が長い私に魅力がなくなった、もっと夫を大事にしていればよかった。そんな言葉ばかり……。
そのとき私は、夫とやり直したいという気持ちが、もう残っていないことに気づきました。
生活費を返せと言う夫
その後、夫は家を出ていってしまい、しばらく離婚の話し合いを避けていました。ようやく連絡が取れても、不倫についてではなく、お金の話ばかり。慰謝料や離婚条件を相談していると伝えると、夫は急に声を荒らげました。
「不倫の慰謝料が欲しいなら、今までの生活費を払え!」
「養った分はしっかり返してもらう」
夫は、家賃や光熱費を払ってきた自分が、私を養っていたと思っているのでしょう。
けれど、私も収入から食費、日用品、通信費、医療費を負担してきました。夫の外食代や立替分も含め、記録は残っています。私は静かに聞き返しました。
「本当にいいの?」
言葉を失う夫を前に、私は静かに聞き返しました。
「養ってたって言うなら、家計簿を見ながら話しましょう。きちんと記録してあるから」
私は、これまで自分が払ってきた食費や日用品費、通信費、医療費、夫に頼まれて立て替えた支出の記録を並べました。
「家賃と光熱費を払っていたからって、生活の全部を支えていたことにはならないよね」
そう伝えると、夫は目をそらしました。
それでも夫は、「細かいことを言うな」「夫婦なんだから当然だろ」と言い返してきました。さらに、「そんなに文句があるなら離婚すればいい」とまで口にしたのです。
けれど、生活費を返せと言い出したのは夫です。都合のいいときだけ夫婦を持ち出されても、もう納得する気にはなれませんでした。
その後、「そんなに離婚したかったのか」と言われましたが、離婚を先に口にしたのは夫です。私は、その事実だけを伝えました。
弁護士に家計資料と不倫の証拠を確認してもらうと、夫が言うように、婚姻中の生活費を私だけが一方的に返す話ではないと説明されました。夫婦それぞれがどう家計を負担してきたか、不倫による慰謝料や財産分与も含め、条件を整理していく必要があるということでした。
夫には弁護士を通じて通知を送りました。不倫相手についても、夫が既婚者だと知っていたことがメッセージなどから確認できたため、必要な対応を進めることに。
家計の記録と不倫の証拠を前に、夫は黙り込みました。私に生活費を返せと言える立場ではないこと。むしろ、不倫の責任を問われるのは自分だということ。夫はそこで初めて、自分が優位に立っていると思い込んでいただけだと気づいたようでした。
「生活費の話はなかったことにしてほしい」
そう言われても、私の気持ちは変わりませんでした。
夫を支え続ける必要はない
別居後は、必要な連絡を記録が残る形で行い、離婚条件について話し合いを進めました。
夫は何度かやり直したいと言ってきました。不倫の責任を問われ、生活費を返せという主張も通らないとわかってから、急に態度を変えたのです。
「やっぱりお前しかいない」「一度だけ許してほしい」
けれど、もう夫の言葉を信じることはできませんでした。これまで私が何度傷ついても、夫は向き合おうとしなかったからです。自分が不利になってからの謝罪を、反省だとは思えませんでした。
話し合いの末、私たちは協議離婚しました。財産分与や慰謝料について必要なことを書面に残し、それぞれ別の生活へ。
以前の私は、結婚したのだから簡単に別れてはいけないと思っていました。夫がどんな態度を取っても、自分が支えれば何とかなるのではないかと考えていたのです。
でも、夫婦で支え合うことと、一方だけが我慢し続けることは違います。
今は在宅の仕事を続けながら、自分のペースで暮らしています。誰かに「ろくに働いていない」と言われることも、帰りを待ちながら不安な夜を過ごすこともありません。
夫を支え続けなければという思い込みから離れたとき、ようやく自分の生活を取り戻せた気がしました。
◇ ◇ ◇
信じていた相手に裏切られたとき、すぐに答えを出すのは難しいものだと思います。それでも、感情だけで抱え込まず、記録を残しながら状況を整理することが、次の一歩につながることもあるのかもしれません。
自分を大切にしない関係から距離を置くことは、誰かを見捨てるためではなく、自分の生活を守るための選択なのではないでしょうか。