旅行費用まで立て替えることに
ある日、夫は何の相談もなく仕事を辞めてきました。
最初は「少し休みたい。またちゃんと働く」と言っていました。相談もなしに急に辞めてきてしまったことには驚きましたが、夫が過酷な環境の中で働いていたことは知っていたので、休んでほしいと思い、しばらくは私が生活費を負担することに。私も正社員で働いていましたし、生活ができないわけではありませんでした。
ただ、都心で2人暮らしをする中、家賃や光熱費、食費、さらに夫の交際費まで私が支払う生活は、思っていた以上に負担でした。
夫がまだ前向きに就職活動をしていたなら、私も応援できたと思います。
しかし、実際の夫は、日中も家でだらだら。求人を見ている様子もほとんどなく、なかなか動こうとしませんでした。気づけば、夫が仕事を辞めてから半年が経っていました。
それくらいになると、夫からさらなる金銭の負担を要求されるように。それは、わが家のことではなく、義実家のこと。
「実家が雨漏りしているみたい。修理費を立て替えてほしい」
「母が病院へ行きたいみたいなんだ」
夫に頼まれ、最初はしぶしぶ協力していました。義家族も「助かった」「必ず返す」と言ってくれていたため、私も大ごとにしたくなかったのです。
けれど、実際に返ってきたお金はごくごく一部だけでした。
夫「旅行費を立て替えて」
そんなある日、夫から「両親の結婚記念日を祝いたい」と言われました。義両親の節目のお祝いとして、家族旅行に行きたいと言うのです。「いいんじゃない」と私が答えましたが、すぐに夫は続けました。
「旅行費を立て替えてくれない?」
夫はまだ働いておらず、義家族のために貸したお金も全額返ってきていません。それなのに、さらに旅行費用まで私に出してほしいと言うのです。
私が「さすがに無理だよ」と伝えると、夫は「今回はお前も一緒に行こう。前に行きたいって言っていた温泉地にするから」と口にして……。たしかに私は以前、その温泉地に行ってみたいと話したことがありました。「親孝行にもなるし、お前も気分転換になるだろ」と夫。
これまで義家族との旅行に私が誘われたことはほとんどありませんでした。けれど、今回は私も一緒に行くという話で、場所も私が行きたかったところ。夫も少しは私のことを考えてくれたのかもしれないと思いました。
そして私は、「これで最後だからね」と念を押し、旅行費を全額立て替えることにしたのです。
今思えば、旅行の手配を夫と義両親に任せきりにしたことも、よくありませんでした。宿や交通手段の詳細を私が確認する前に、夫から「だいたいこれくらいかかる」と金額だけを伝えられ、そのまま夫に旅行費を渡してしまったのです。
旅行当日…信じられないことが
そして、迎えた旅行当日のことです。
私は仕事を少し早めに切り上げ、夫や義両親と合流する予定の駅へ向かいました。そのまま一緒に旅先へ向かうはずだったのですが、約束の時間になっても夫も義両親も姿を見せません。
不安になって夫に電話をかけました。すると、しばらくして夫が出たのですが、電話口の向こうからは楽しそうな話し声が聞こえてきて……。「今どこにいるの?」と聞くと、夫は少し気まずそうにしながらも、信じられないことを言ったのです。
「親が気をつかうって言うからさ。今回は俺たち家族だけで行くことにしたんだ。お前はまた今度連れて行くから」
正直、耳を疑いました。
「……どういうこと? 私も行くって話だったよね? 旅行費も私が出したんだけど」
なんとか振り絞ってそう聞くと、電話の向こうからは深くため息をつく音が。
「また今度連れて行くって。今回は親の結婚記念日だし、親子水入らずのほうがいいかなって」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がすっと冷えていくのを感じました。私が行きたいと言っていた温泉地だからと誘われ、費用まで立て替えました。それなのに、ふたを開けてみれば、私のことなど、最初から連れて行くつもりはなかったのです――。
私「……それなら、どうしてお金を出させたの?」
夫「家族なんだから助け合いだろ」
そのとき、義母の声が電話越しに聞こえました。
「もういいじゃない。あの子は働いているし、“ATM嫁”なんだから(笑)」
その言葉で、夫だけでなく義両親も最初から事情を知っていたのだとわかりました。怒りよりも先に、力が抜けるような感覚があり、私は何も言わずに電話を切りました。
“ATM嫁”と言われていた私
その日の夜、義母から「嫁なんだから、夫の家族を支えるのは当然でしょう」と連絡が。
さらに、「冗談で“ATM嫁”なんて言っただけなのに、そんなに怒らなくても」と続き、私は言葉を失いました。
生活費を負担し、義実家のお金まで立て替え、旅行費まで出した私を、陰でそんなふうに呼んでいたのか――。その瞬間、これまで我慢してきた気持ちが一気に冷めました。
旅行から戻った夫も悪びれる様子はなく、「結果的に親が喜んだんだからいいだろ」と言う始末。このとき、私は離婚を決意しました。その後は、立て替えたお金の記録や夫とのやりとりを整理し、弁護士に相談。離婚した現在は、少しずつですが返済してもらっています。
夫は最後まで「こんなことで離婚なんて」と言っていました。しかし、私にとっては旅行に置き去りにされたことだけが理由ではありません。仕事を辞めてから努力しようとしなかったこと、私に金銭的負担を押しつけ続けたこと、そして私を“ATM嫁”と呼んでいたこと。そのすべてが積み重なった結果でした。
離婚した今は、もう“ATM嫁”だなんて呼ばれることはありません。少しずつ気持ちを立て直し、自分のための生活を取り戻しているところです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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