息子の不登校と夫婦のすれ違い
息子が突然学校へ行けなくなったのは、中学に入ってしばらくしてからのことでした。
最初の1週間、私は「まずは本人の気持ちを聞き、担任の先生にも相談しよう」と思っていました。無理に登校させても、かえって追い詰めてしまうのではないかと感じたからです。
しかし妻は、日に日に不安を募らせていきました。
「もう1週間も学校へ行っていないのよ。このまま高校受験に影響したらどうするの?」
妻の焦る気持ちも、理解できないわけではありません。進学や将来のことを考えれば、不安になるのは親として自然なことだと思います。けれど、息子が理由を話せないまま黙り込んでいる姿を見ると、私には無理やり学校へ行かせる判断はできませんでした。
けれど妻は、「良い高校、良い大学へ行って、ちゃんとした将来を歩んでほしいのに」と焦るばかり。私は「本人が今はどうしても行けないと言っているんだから、少し待とう。勉強は家でもできるじゃないか」と言いましたが、妻の不安はなかなか収まりませんでした。
その後も、息子は学校へ行けない日が続きました。ただ、家では勉強を続け、学校や私と相談した上で図書館を利用したり、興味のある分野の本を読んだりしていました。生活リズムも大きく崩れておらず、私は息子なりに前へ進もうとしているのだと感じていました。
ところが妻は、息子の姿をそう受け止められませんでした。
「このままでは将来がなくなる」
「どうして普通に学校へ行くだけのことができないの?」
そんな言葉が増え、家庭の空気は少しずつ重くなっていきました。
妻が本気で息子の将来を心配していることは、私にもわかっていました。けれど、その不安をそのまま息子にぶつけるのは違う。私は何度もそう伝えましたが、妻は「あなたが甘やかすから余計に行けなくなるのよ」と言い、私たちの話し合いは平行線のままでした。
息子を守るために決めたこと
息子が学校へ行けない状態が長く続いたころ、妻がまた強い口調で息子にこう言いました。
「学校にも行かないで、この先どうするつもりなの。お母さんだって恥ずかしい思いをしているのよ」
その言葉を聞いて、息子の表情がすっと消えたように見えました。私は「その言い方はないだろう」とすぐに注意しましたが、妻は「仕方ないじゃない! そんな子に育てた覚えはないのに」と、さらに強い口調で言い放ったのです。
その瞬間、私はこれ以上この環境を続けてはいけないと感じました。妻の不安も、母親としての愛情から来ているのだと思います。けれど、息子にとって家が安心できる場所でなくなっているのなら、私は父親としてこの状況を変えなければならないと思ったのです。
その後、妻とは息子との関わり方について何度も話し合いました。しかし妻はそのたびに「このまま見守るなんて無理」と言い、息子への向き合い方は最後まで変わりませんでした。そして私は、妻と離婚することを決意したのです。
離婚に向けた話し合いでは、息子本人の気持ちも確認しました。息子は「今は父さんと暮らしたい」と、はっきり伝えました。妻はつらそうな様子でしたが、息子の意思が固いことを知り、最終的にはその希望を受け入れました。そして、私が親権を持ち、主に息子を育てていく形で話がまとまりました。
妻と離れて暮らすようになった後、私は図書館から帰ってきた息子に、これからの生活について改めて話しました。
「これからは父さんと暮らすことになった。母さんとこれからどう関わっていくかは、急がずに一緒に考えていこう」
息子はしばらく黙っていました。そして小さく息を吐くと、「少し、ほっとした」と言ったのです。その言葉に、私は胸が締めつけられました。理由を尋ねると、息子は少しずつ本心を話してくれました。
「学校へ行けなくなった理由をうまく説明できなかった。家でもずっと責められている気がして、つらかった」
「母さんは、僕の話より、周りからどう見られるかを気にしているように感じた」
息子は、妻を嫌っていたわけではありません。ただ、期待や不安をぶつけられるたびに、自分の居場所がなくなっていくように感じていたのだそうです。私は「話してくれてありがとう。父さんは、お前のペースを信じたい」と伝えました。
その後、家庭内の緊張が少しやわらいだことで、息子はようやく自分の気持ちを整理し始めたようでした。
学校の先生とも相談しながら、まずは別室登校や短時間の登校から始めることに。行ける日もあれば、行けない日もありましたが、息子は少しずつ学校とのつながりを取り戻していきました。
家では変わらず勉強を続け、物理やものづくりへの興味を深めていきました。私は、息子が自分のペースで前へ進もうとしていることが何よりうれしかったのです。
数年後、元妻と再会して
息子が少しずつ学校とのつながりを取り戻していく中で、私は何度も元妻に近況を伝えるべきか迷いました。学校へ行ける日が増えたこと。自分で進みたい道を考え始めたこと。そして、本人が納得して選んだ高校に合格したこと。
親である以上、元妻にも知っておいてほしい気持ちはありました。けれど、息子に確認すると、彼は首を横に振りました。
「今はまだ、母さんには言わないでほしい」
「喜んでくれるかもしれないけど、また期待されるのが怖い」
その言葉を聞いて、私は無理に伝えることはできませんでした。息子がようやく自分のペースを取り戻し始めた時期に、再び大きなプレッシャーを感じさせたくなかったのです。
それから数年後。私と息子は、外出先で偶然、元妻と再会しました。元妻は、制服姿の息子を見て驚いたようでした。息子はそのころ、自分で選んだ高校に通い、好きな理系分野の勉強に打ち込んでいました。
「今は学校に通えているのね……」
元妻がそう言うと、息子は落ち着いた声で答えました。
「父さんが焦らずに見守ってくれたことも大きかったと思う。興味のあることを否定されなかったから、少しずつ動けるようになったんだ」
元妻は、静かに息子の言葉を聞いていました。そしてその場では「そう……よかった」とだけ言い、少し戸惑った様子で去っていきました。
後日、元妻から私に連絡がありました。
「あのとき、もっと息子の話を聞くべきだったのかもしれない」
「もう一度、息子とも向き合う機会をもらえないかな」
その言葉を聞いて、私はすぐに否定することができませんでした。
元妻が息子の将来を心配していたことは、私にもわかっています。高校受験や進学のことを考えれば、不安になるのは当然です。親だからこそ、「このままで大丈夫なのか」と焦ってしまったのだと思います。ただ、その不安を息子にぶつけ続けてしまったことで、息子がさらに苦しくなっていたことも事実でした。
息子の気持ちを尊重することに
私は息子にも、元妻から連絡があったことを伝えました。すると息子は、少し考えた後でこう言いました。
「母さんが心配してくれていたのは、今なら少しわかる。でも、今すぐ一緒に暮らすのはまだ怖い」
「今は父さんとの生活を続けたい。会うとしても、少しずつがいい」
その言葉を聞いて、私は息子の気持ちを一番に考えようと思いました。
元妻には、落ち着いて話せる場を設けて伝えました。「君が息子の将来を案じていたことはわかっている。ただ、今すぐ距離を縮めることは、息子にとって負担が大きいと思う。まずは急がず、息子の気持ちを尊重したい」と言うと、元妻はしばらく黙った後、「そうだよね。あの子に無理をさせたくない」とだけ言いました。
元妻が息子を心配していた気持ちまで否定するつもりはありません。これからは距離を保ちながら、息子が望む形で少しずつ関係を見直していくことになりました。
息子が学校へ行けなくなったとき、私も本当は不安でした。このままで大丈夫なのか、将来に影響しないのか、何度も考えました。
ただ、不安が強くなりすぎると、子どもの今の苦しさが見えにくくなることもあるのかもしれません。息子に必要だったのは、すぐに答えを出すことではなく、「話せるまで待ってもらえる」「見捨てられていない」と感じられる時間だったのだと思います。
親として正解ばかり選べたわけではありません。それでも、息子のペースを信じて待った時間は、私たち親子にとって必要なものだったのだと思っています。
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子どもの将来を思うからこそ、不安になったり焦ったりしてしまうことはあるのかもしれません。しかし、その不安が強い言葉となって子どもに向いてしまうと、家の中でさえ安心できなくなってしまうこともあるのでしょう。
父親が息子のペースを信じ、学校や相談先とつながりながら見守った時間は、息子が少しずつ前を向くために必要なものだったのかもしれません。元妻の気持ちもすぐに否定せず、息子本人の意思を尊重しようとする姿が印象的なエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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